2018年9月10日

認識について

ミテミテ騒動の脚色演出をたたみかける偽善の衣をまとった詐欺師ペテン師どもが「見えないゴリラ」カメレオンの術で一般大衆の錯覚につけこむ…

「知識の錯覚」「原因の錯覚」「可能性の錯覚」…



クリストファー・チャブリス&ダニエル・シモンズ『錯覚の科学』特設サイト
http://bunshun.jp/pick-up/sakkaku-kagaku/

「見えないゴリラ」の実験は人間の認知メカニズムの陥穽を鋭くえぐり出し、心理学における最重要論文のひとつとなっている。『錯覚の科学』にてイグ・ノーベル賞受賞(2004年)

「錯覚の科学」とは別に、進行中の「地球温暖化」や「パンデミック」のような人々の不安心理や杞憂につけこんだ「錯誤まみれのインチキいかさま科学」をきちんと見分けることも必要…


自分が存在しないと信じ込ませるのは悪魔の最大の芸術
The greatest trick the Devil ever pulled was convincing the world he didn't exist. 
シャルル・ボードレール "The Generous Gambler" (Feb. 1864)

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AとBを区別するのと、Aと非Aを区別するのは、実は、似ているようでいてまったく異なった認識のいとなみ…

「二極思考」


答えのある問題を解くことに慣らされてしまうと、いきなり「解のない問題」に出くわしたときずいぶんとパニクるらしい。

そしてもっぱら、恣意的な「解のある問題」のほうに現実をあわせようとしてしまいがち…


「A/B」問題と、「A/非A」問題は、人類の永遠の認識発達上の問題でありつづける。



世界を、「A/B」でみることに慣れてしまった人にみえる認識上の風景と、なにげに「A/非A」でみれてしまう人にみえている認識上の風景は、どうやらまったく別の「現実」をみていることになるらしい。

すなわち、同じ事物事象を同じ時間同じ場所でみていたとしても、それぞれにみえる世界はまったく異なった様相で認識されるということ。

多数が認識を一にするということは、実はとてつもない訓練とエネルギーが必要なことなのかもしれない。(であるならば、それはまた、「制度」というものの策定に当たってはそれを乗り越えた先に成立する「枠組み」であるはずであって、「認識を一にすること」に失敗した「制度」はもはや「形骸化」する宿命しかないということをも意味する。)





「白黒をつける」ことに長けた人は、じつは「中庸」を弁えぬ人であるのかもしれぬ…

「中庸」を弁えぬ人とは、判断の針がつねにどっちかに振り切れてしまいがちな人であるといえるのかもしれぬ…




(書きかけ)





「多くの人は見たいと思う現実しか見ない。」





《そこには正しい答えが一つある。ということは、人間の意思は介入しえないということである。意思が介入しなければ、選択はありえない。選択がなければ、自由もない。換言するならば、自然科学や技術の世界は、価値の観点からは中立である。しかるに自由とは、価値にかかわる問題である(このことは科学的真理なるものの存在の否定を意味する。存在しうるものは「科学的正確さ」にすぎない)。》
(ドラッカー『産業人の未来』 第6章 自由な社会と自由な政府)
http://koibito2.blogspot.jp/2014/07/blog-post_14.html



善悪という「価値」をからめた「科学」ってのはエセだということなのさ…

つまりは、良性悪性だの、善玉悪玉だのという価値の視点で恣意的につくられた事象は「科学」ではないということ。


例)
悪玉アディポサイトカイン(PAI-1やTNF-α)」

超善玉ホルモン「アディポネクチン」


「外部」から侵入する「害悪」「邪悪」なものという概念も「科学」ではないということ…


例)
清浄国


かつて「地上の楽園」という「ユートピア」が実在していると信じられた時代もあったらしい…



(2014年11月11日)(追記11/12、11/17、11/23、12/11)

119 件のコメント:

  1. 【特集】悪夢の21世紀
    ◆ニヒリズムへ落ち込む世界 反・幸福論〈46〉/佐伯啓思
    ◆イスラム国という「反文明集団」/青山繁晴
    ◆資本主義が死ぬとき/水野和夫
    ◆エボラだけではない「終わりなき感染症との闘い」/岩田健太郎
    ◆異常気象がもたらす食糧危機/田家康
    ◆世界中が「中国」に呑み込まれる日/樋泉克夫
    ◆グローバリズムと格差拡大/中野剛志
    ◆「ウェブ2.0」はどこへ消えた?/古市憲寿
    ◆ネットに頭を預けた人間たち/小田嶋隆
    ◆すでに実現した「究極のディストピア」/長山靖生

    新潮45 2014年12月号(2014/11/18発売)
    http://www.shinchosha.co.jp/shincho45/backnumber/20141118/

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  2. 売文屋という人種はろくでもないクワセモノ連中ばっかなんだな…

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  3. 馬鹿はうつるんです(笑)。

    ヒトに感染し「頭を悪くする」ウイルス、発見される
    2014.11.16 16:30 産経ニュース

     ジョンズ・ホプキンズ大学医学部等の研究者チームが、通常は藻に感染するウイルスが、人間やマウスの脳に感染する場合があることを発見した。感染すると、有意で「認知能力が低下する」ことも明らかになった。

    ジョンズ・ホプキンズ大学医学部とネブラスカ大学リンカーン校の研究チームが、人間の脳に感染して「知能を低下させる」ウイルスを発見した。

    先ごろ「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」誌に発表された研究論文によると、研究チームは、まったく別の研究(精神疾患に影響を与えるウイルスの研究)で人間の喉に存在する微生物を調べていた際に、偶然にこのウイルスを発見したのだという。

    健康な被験者の咽頭から発見されたDNAを調査したところ、通常は緑藻に感染するウイルス「ATCV-1」のDNAと一致したのだ。

    研究チームが発見したこの藻類ウイルスは、これまで人間には害を及ぼさないと考えられていた。ところがこのウイルスは、人間の認知能力、たとえば空間認識や視覚処理に関する能力に影響を与えることが明らかになった。

    44%の人からウイルスが発見される

    研究チームが被験者92人の咽頭を調べたところ、44%の人からATCV-1ウイルスが見つかった。そして、ウイルスが見つかった被験者は、見つからなかった被験者に比べ、空間認識や視覚処理を評価するテストの成績が低かった(差は10%ほどで、それほど大きいものではないが、有意な差だった。影響を及ぼしそうな喫煙、学力、収入、性別、出身地、人種等の因子では有意な差は無かったという)。

    この研究結果から、人間の身体には無害でも、認知能力を低下させるウイルスが存在することが明らかになった。ただし、ATCV-1ウイルスが人間に感染する経路はまだはっきりしておらず、緑藻の生える淡水や湖などを避ける必要はないとのことだ。

    ※リリース等によれば、感染させたマウスは迷路を解くのに時間がかかったり、新しい入り口などが設置されても気付かない、といった影響が見られた。感染したマウスを調べたところ、このウイルスは、(記憶や空間認識と関連した)海馬における遺伝子の発現に影響を与えることが明らかになったという。
    http://www.sankei.com/wired/news/141116/wir1411160002-n1.html
    http://www.sankei.com/wired/news/141116/wir1411160002-n2.html

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  4. 【科学】ヒトに感染し「頭を悪くする」ウイルス、発見される [産経ニュース]
    http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1416134046/

    「ウイルス」関連ニュース
    http://www.2nn.jp/word/%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9

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  5. 岩田健太郎
    @georgebest1969
    エイズや結核など感染症の医者ですが、何でも屋さんもときにやってます。神戸大都市安全研究センターでリスコミとかも。ビジネスコーチ、FP、ワインエキスパートでもあります。ダイハードManUファン
    https://twitter.com/georgebest1969

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    1. 2014年10月31日 19:18 公開
      岩田健太郎「中国の鳥インフルエンザ問題から考える、21世紀の感染症診療とは」【2013/08/17 収録】
      http://ch.nicovideo.jp/genron-cafe/pack/pk6093

      中国でアウトブレイクを起こした鳥インフルエンザA(H7N9)。
      この感染症「だけ」に注目することが、全体としての感染症対策を困難に、そして窮屈にしている。2009年のパンデミックのときの反省がまだ充分に活かされていない、日本は感染対策の後進国である。コッホやパスツールの時代、20世紀的な感染症の概念は21世紀には通用しない。しかし、いまだ日本は20世紀型の思考に囚われている。では、なぜ後進国なのか。どう考えればよかったのか。
      インフルをネタに、感染症全体、そして病気全体に風呂敷を広げて考えてみたい。

      登壇者プロフィール
      岩田健太郎
      神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野 教授
      神戸大学都市安全研究センター感染症リスク・コミュニケーション研究分野 教授

      【略歴】
      1997年島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院研修医、コロンビア大学セントクルース・ルーズベルト病院内科研修医を経て、アルバートアインシュタイン大学ベスイスラエル・メディカルセンター感染症フェローとなる。2003年に中国へ渡り北京インターナショナルSOSクリニックで勤務。2004年に帰国、亀田総合病院(千葉県)で感染内科部長、同総合診療・感染症科部長歴任。2008年より現職。

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  6. 神戸大学 医学研究科・医学部 | 人獣共通感染症学分野
    http://www.med.kobe-u.ac.jp/gs/field/basic/zoonotic.html
    神戸大学大学院医学研究科 人獣共通感染症学分野 トップページ
    http://www.med.kobe-u.ac.jp/influ/
    https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%A4%A7%E5%AD%A6+%E4%BA%BA%E7%8D%A3%E5%85%B1%E9%80%9A%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87

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  7. 新興・再興感染症国際共同研究拠点 神戸大学-インドネシア拠点
    https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%A4%A7%E5%AD%A6+%E6%96%B0%E8%88%88%E3%83%BB%E5%86%8D%E8%88%88%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87

    大学院医学研究科 研究分野紹介
    http://www.med.kobe-u.ac.jp/gs/field/index.html

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  8. 微生物感染症学講座 人獣共通感染症学分野
    スタッフ
    准教授 新矢恭子
    http://www.med.kobe-u.ac.jp/influ/newpage4.html

    「神戸大学 新矢恭子」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%A4%A7%E5%AD%A6+%E6%96%B0%E7%9F%A2%E6%81%AD%E5%AD%90

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  9. 「新矢恭子 河岡義裕」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E7%9F%A2%E6%81%AD%E5%AD%90+%E6%B2%B3%E5%B2%A1%E7%BE%A9%E8%A3%95

    KAKEN 新矢恭子 河岡義裕
    https://www.google.co.jp/search?q=KAKEN+%E6%96%B0%E7%9F%A2%E6%81%AD%E5%AD%90+%E6%B2%B3%E5%B2%A1%E7%BE%A9%E8%A3%95

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  10. KAKEN - 新矢 恭子(90374925)
    http://kaken.nii.ac.jp/d/r/90374925

    新型インフルエンザウイルスの出現機構とその制圧
    河岡 義裕KAWAOKA, Yoshihiro
    研究期間 : 2006年度~2010年度
    http://kaken.nii.ac.jp/d/p/18002014.ja.html

    >配分額 総額:578500千円

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  11. 約5億8000万円、破格の科学研究費補助金…

    どういう成果があったのだろう…

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  12. 「新型インフルエンザ(ウイルス)」という幻想幻惑を生み出しただけではなかったか…

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  13. 「ウソの科学 騙しの技術」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A6%E3%82%BD%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6+%E9%A8%99%E3%81%97%E3%81%AE%E6%8A%80%E8%A1%93

    目次
    第1講 科学はただの仮説である(池田清彦X日垣隆)
    第2講 記憶は嘘をつく(中谷陽二X日垣隆)
    第3講 これが動物の情報戦略だ(千石正一X日垣隆)
    第4講 信じる者は足すくわれる?(守一雄X日垣隆)
    http://gfighter.net/00042/110319000847.php

    >池田 大学でも、知識がなくて「やる気」があるやつが来るとね、何が起こるかっていうと、金ばっかり使って、ろくな研究しないから、税金の無駄遣いになる(笑)。そういうやつは早くクビにしてくれ(笑)。やる気マンマンなやつっていうのはね、なんか知らないけど偉そうな顔している。何にもしないやつのほうが偉いんだよ、本当は。できないやつは何にもしないで、じっとしているほうがいい(笑)。

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  14. 「ワクチンで集団免疫率向上」という「錯覚の疑似科学」…

    「実験Ⅴ 原因の錯覚」(p.229~)は、いただけない科学風俗説に見事にやられまくってる…(笑)。

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  15. 津波経験、「アトピー多い傾向」 東北大、子ども健康調査

     東北大は17日、宮城県の25市町村の子どもを対象にした健康調査で、東日本大震災で津波を直接経験したり住む家が変わったりした子どもは、アトピー性皮膚炎の症状がやや出やすい傾向にあるとの分析結果を発表した。これまで県内で行った別の調査と同様の傾向だという。

     小中学生約2万8200人の保護者に学校を通じて回答を求め、約6500人から有効回答を得た。

     実際に津波を見たり津波の音を聞いたりした子どものうち、アトピー性皮膚炎の症状が出たのは24・5%。こうした経験のない子どもで症状が出たのは20・5%だった。

    2014/12/17 20:46 【共同通信】
    http://www.47news.jp/CN/201412/CN2014121701001824.html

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    1. 「脳トレ」の東北大…
      http://www.2nn.jp/word/%E8%84%B3%E3%83%88%E3%83%AC

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  16. 科学を否定する岩波『科学』
    2014年12月22日00:27
    http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51923554.html

    岩波風「科学」とは、あくまでも合意によって形成されるものなのであろう…

    だがそれは、いわゆる「パラダイム論」と同質相似のものであるともいえる…

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  17. 「修辞学 論理学 詭弁」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E4%BF%AE%E8%BE%9E%E5%AD%A6+%E8%AB%96%E7%90%86%E5%AD%A6+%E8%A9%AD%E5%BC%81

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  18. 馬鹿はその技法じゃ騙せないが、頭の良い人たちを騙すにはその技法が必須…

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  19. 人間この信じやすきもの
    ―――迷信・誤信はどうして生まれるか

    T.ギロビッチ 著/守 一雄・守 秀子 訳

    目次

    1 はじめに

    第I部 誤信の認知的要因
    2 何もないところに何かを見る ――ランダムデータの誤解釈
    3 わずかなことからすべてを決める ――不完全で偏りのあるデータの誤解釈
    4 思いこみでものごとを見る ――あいまいで一貫性のないデータのゆがんだ解釈

    第II部 誤信の動機的要因と社会的要因
    5 欲しいものが見えてしまう ――動機によってゆがめられる信念
    6 噂を信じる ――人づての情報のもつゆがみ
    7 みんなも賛成してくれている? ――過大視されやすい社会的承認

    第III部 いろいろな誤信の実例
    8 種々の「非医学的」健康法への誤信
    9 人づきあいの方法への誤信
    10 超能力への誤信

    第IV部 誤信をもたないための処方箋
    11 誤信への挑戦 ――社会科学の役割

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    1. はじめに

      「問題なのは、われわれが無知であることではなく、間違った知識をもっているということなのである」
      アーテマス・ウォード(米国独立戦争時の将軍)

       欧米では、子どもができないため養子をもらった夫婦は、妊娠しやすい、とい広く信じられている。通常、養子をもらって子どもがいないことからくる精神的ストレスがなくなるため、こうした皮肉な現象が起こるのだと考えられている。子どもを持てない悩みから解放された安らかな気分が、妊娠の成功率を高めるのだというわけである。

       しかしながら、臨床的な調査によれば、養子縁組が妊娠率を高めるという事実はない。とすると、私たちにとって本当に興味深いのは、なぜ養子縁組が妊娠率を高めるかはなく、このような間違った考えをなぜそれほどに多くの人々が信じているのかということである。

       有名大学や大学院など、特別な教育課程の入学試験担当者は、受験生一人ひとりにたとえ短時間でも面接できれば、もっと効率的な入学者決定ができると考えていることが多い。しかし、こうした考えも間違っている。試験などの客観的な基準だけにもとづく入学者決定が、面接によって得られる主観的な印象にもとづく入学者決定と少なくとも同程度に有効であることが、研究によって明らかにされているからである。では、なぜ、人々は面接のほうが有効であると信じてしまうのだろうか。

       本書では、こうした疑問に答えていこう。まず、誤った信念や信仰がどのように生み出されつのかを考える。そして、それがなぜ信じられ続けるのかについて検討する。右に述べた例から、こうした誤解が強く信じられ、また、なかなか修正されないのだということがわかったが、それがなぜなのかも説明してみたい。アメリカでは現代でも、進化論より、超能力の方を信じる人の方が多い。そして、天文学者の20倍以上もの占星術師がいる。星による運命の支配や「チャネリング」現象、そして水晶玉のもつ神霊的・心霊的な力の存在が広く人々の間に信じられていることは、日常の会話からうかがい知れるだけでなく、公式な世論調査によっても裏づけられている。本書では、こうした信仰についてもさらに理解を深めたい。そして、そのような理解を通して、そもそも人間はどのように判断したり、推論したりするのかという、もっと一般的なテーマにも光を投げかけたいと考えている。

       まず出発点として、いくつかのことがらが明らかにされている。第一に、人々が誤った考えを持ってしまうのは、正しい事実に出会っていないからというわけではない。誤った信念は一般の人々だけではなく、経験を積んだ専門家たちにも同様に広まっている。たとえば、入学試験官や産院の看護婦たちは専門家であるから、それぞれの専門領域についてよく知っているはずである。また、彼らは関連する多くのデータに日常的に接している。にもかかわらず、前述のような間違った考えを持ってしまうのである。

       第二に、だまされやすい人や頭の悪い人が誤った考えをもってしまうわけでもない。むしろ反対である。人間は進化の過程で莫大な量の情報をすばやく正確に処理することができる装置(=脳)を作り上げてきた。しかし、通常は物事を知るのに有効で効果的な方略でも、それに頼りすぎたり、その適用方法を間違えたりするなら、誤った考えを持つことになってしまう。これはちょうど、きわめて優れた知覚能力を持っているにもかかわらず(というより、きわめて優れた知覚能力を持っているがために)、私たちがいろいろな知覚的錯覚を起こしがちであることと同様である。私たちの認知的な欠点(誤った考えを信じてしまいがちであること)も、私たちの偉大なる認知能力のせいなのである。そして、知覚的錯覚の研究が知覚の一般的原理を知るうえで役に立つのと同様に、また、精神病理学の研究が人格についての知識を高めてくれるように、誤った信念についての研究は、人間の判断や推理についての私たちの理解を深めてくれるに違いないと私は考えている。そこで、本書は意図的に、人々がいかに誤った考えをしがちかに焦点を合わせるけれども、同時に、こういうとき以外のいかに多くの場合に正しい考えをしているかということも、忘れてはならない。

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    2.  以上から明らかなように、多くの誤った考えはもっぱら認知的な原因によって生じてくる。つまり、情報を処理したり結論を引き出したりする能力の不完全さによると考えられる。言い替えれば、「そう思いたい」というような心理的欲求を満足させるために誤った考えを持つのではなく、得られた事実に最もあてはまる結論として導き出されたものが、結果的に誤った考えとなってしまうのである。ロバート・マートンの言葉を借りれば、人々がそうした信念を持つのは、「自分自身の体験からこう結論せざるをえない」と考えるからである。誤った信念は決して非合理性から生じるのではなく、合理性の欠陥から生じるのである。

       子どものできない夫婦が養子をもらうとその後妊娠することが多いと感じられるのは、そうした誤った信念を持っているからである。養子をもらった後で妊娠した夫婦には私たちの注意がどうしても引きつけられやすいのに対し、養子をもらっても妊娠しなかった夫婦や養子をもらったわけでもないのに妊娠した夫婦には注意が向かない。そこで、多くの人々にとって、養子をもらった夫婦にすぐに子どもができるということが日常体験からの「事実」と感じられるようになる。人は感情的な理由から誤った信念を持つようになるわけではない。彼らが接している情報にもっともよくあてはまると思われる結論を考えた結果が、そうした(誤った)信念になってしまうのである。

       私たち人間の認知的推論装置が持つこうした欠陥の多くは、(情報量の豊富な)理想的な状況では決して表面に現れてくることがない。(それはちょうど、多くの知覚的錯覚が限られた特別な状況でしか起こらないのと同様である。)しかしながら、世の中は常に理想的であるというわけではない。私たちが接する情報は、正しい知識が得られるような明確なものばかりではなく、不規則であったり、不完全であったり、歪んでいたり、曖昧だったり、一貫性がなかったり、人づてのものであったりする。私たちの推論能力に欠陥があることが明るみに出てきたり、その結果誤った信念を生み出すことになったりするのは、こうした(情報の不完全性や曖昧性などの)困難への対処に失敗してしまうからなのである。

       子どもができない夫婦の例をもう一度考えてみると、世の中の情報がいかに歪めらているかが良く分かる。養子をもらったとたんに妊娠した夫婦というのは、注目をあびやすい。こうした夫婦の「幸運」はニュースに取り上げられるかも知れないし、友達や隣人の話のタネにされやすいだろう。その結果、養子をもらっても妊娠しなかった夫婦や養子をもらわないが妊娠した夫婦の話よりも人々の注意を引くことになる。つまり、認知的な限界や推論能力の限界を論じる以前に、そもそも私たちが推論の基礎とするデータそのものに、ゆがみが内在しているのである。私たちが正しい判断や妥当な信念を手に入れるためには、データのこうした歪みに気づいて、それに惑わされないことが必要なのである。

       最近数年間、多くの社会心理心理学者や認知心理学者たちが、人間の情報処理における合理性の制約についての理解を深める研究を行ってきた、私は、真偽の確かでない誤った考えがなぜ信じられてしまうのかという本書の問題を考えるにあたって、こうした研究を追ってみたいと考えている。本書の第I部「誤信の認知的要因」のなかの三つの章では、私たちの認知方略が、現実世界の混乱したデータを処理するのにいかに不完全かを論じてみたい。まず、第2章では、単なる偶然が支配すランダムな現象の中に、私たちは規則性や秩序があるように感じる傾向があることを論じる。第3章では、不完全で歪んだデータの歪みに気づく能力や、それに惑わされないようにする能力において、私たちには欠けたところがあることを論じる。第4章では、私たちは、曖昧で一貫性のないデータを、お気に入りの理論や先入観からの期待で解釈しがちなことを論じる。

       誤った考えがなぜ信じられてしまうのかという問題を解明するのに、このような認知的な歪みを検討するのはきわめて有効である。しかし、誤った考えは多種多様であり、それを説明するためには他の要因についても考慮する必要がある。そこで、第II部では、「誤信の動機的要因と社会的要因」について、さらに三つの章を設けて論じよう。第5章では、誤った考えの生じる根底に、希望的観測や自己満足のために現実が歪められることがあることを論じる。この章では、私たちの欲求が認知的なプロセスと共謀して誤った自己満足的な考えを生み出すのだ、という動機的な要因の効果についての、新しい解釈を示してみたい。第6章では、人づての情報のもつ落とし穴について論じる。ここでは、マスメディアなどの情報提供者が聴視者や読者の興味を引くため、あるいは時間枠・紙面の都合から、伝達内容を歪めがちであることも述べる。第7章では、「私たちは多くの人々が信じていると思うことを正しいと信じがちである」という心理学的公理を取り上げる。そして、その逆も成り立つことを論じる。つまり、私たちは自分自身が信じていることを他の多くの人々も信じていると考えがちである。この章では、自分の誤った思い込みをさらに補強するために、自分の信念が他人と共有されている、と過大視する原因を認知的・動機的・社会的プロセス全体の中から探る。

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    3.  第III部では、広く信じられてはいるが実は間違っている信念の事例を具体的に取り上げて、それらがどのように生じ、なぜ修正されることがないかを、第I部と第II部で検討したメカニズムから解明してみる。ここでは実証されていない、あるいは効果のない健康法(第8章)、うまくいくはずがないにもかかわらず信じられている人づき合いの方法(第9章)、そいて超能力の存在(第10章)を取り上げる。ただし、これらの章にはやや慎重を期する必要がある部分もある。というのも、これらの章で取り上げる信念には、必ずしも間違いであるとは言い切れない場合もあるからである。それでも、これらの章で取り上げる信念は、どれも事実との間に著しい隔たりがあり、なぜこうした隔たりが生じたのかを説明する必要はあるだろう。

       最終章の第IV部では、誤信を持たないために、日常生活で経験する事実を正しく評価するにはどうしたらよいかについて考察してみたい。

      なぜ誤信が問題なのか

      ・・・・・・
       誤信が少しばかりあってもいいじゃないかという疑問に対しては、もちろんもっと直接的な回答も存在する。誤信をもつ人々自身にとっても、その損失は大きいという回答である。その最も顕著な例としては、インチキ療法を信じたがために、有効性が確立している医学的処置を無視して、死んでしまうような場合がしばしば聞かれる。たとえば、7歳のリーア・サリンズちゃんの例を見てみよう。リーアちゃんの父親はアメリカの自然健康法協会の元会長で、薬や通常の医療処置の代わりに断食や菜食によって「自然に」病気を治すべきであると主張していた。リーアちゃんが病気になると、この父親はリーアちゃんに18日間も水だけの断食を行わせ、さらに17日間もジュースだけの食事をさせ続けた。リーアちゃんはこの断食療法の結果、栄養失調で死んでしまった。おそらく、読者もこれに類似した例をいくつか、どこかで聞いたり読んだりしたりしたことがあるだろう。誤信のせいで命を落としてしまうことほど、哀れなことはない。リーア・サリンズちゃんや他の同様の悲劇からも明らかなように、世の中を正しく知覚・理解することにはまぎれもない利点があり、一方、誤信を許容しているととんでもない損害を被ることになりかねないのである。

       誤信や迷信を許容していると、間接的にではあるが、別の被害を受けることにもなる。誤った考えを許容し続けることは、初めは安全に見えてもいつのまにかブレーキが効かなくなる「危険な坂道」なのである。誤った推論や間違った迷信をわずかとはいえ許容し続けているかぎり、一般的な思考習慣にまでその影響が及ばないという保障が得られるだろうか?

       世の中のものごとについて正しく考えることができることは貴重で困難なことであり、注意深く育てていかなければならないものなのである。私たちの鋭い知性を、いたずらに正しく働かせたり働かせなかったりしていると、知性そのものを失くしてしまう恐れがあり、世の中を正しく見る能力を失くしてしまう危険がある。さらには、ものごとを批判的にみる能力をしっかり育てておかないと、善意にもとづくとは限らない多くの議論や警告にまったく無抵抗の状態になってしまう。S・J・グールドは、「人々が判断の道具を持つことを学ばずに、希望を追うことだけを学んだとき、政治的な操作の種が撒かれたことになる」と述べている。個人個人が、そして社会全体が、迷信や誤信を排除するよう努めるべきである。そして、世の中をより正しく見つめる「心の習慣」を育てるべく努力すべきであると私は考える。
      http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0448-0.htm

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  20. 「階層性の生物学」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E6%80%A7+%E5%9B%A3%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%AA

    「組織の階層」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E6%80%A7+%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC

    「階層的秩序(OHS)」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E6%80%A7+%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC

    「認識システムの階層構造」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E8%AA%8D%E8%AD%98+%E9%9A%8E%E5%B1%A4+%E6%A7%8B%E9%80%A0+%E4%BD%93%E7%B3%BB+%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9+%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7

    「識の階層」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E9%9A%8E%E5%B1%A4+%E5%85%AB%E8%AD%98+%E5%94%AF%E8%AD%98+%E4%B8%AD%E8%A6%B3

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    1. 「階層構造 創発的発見」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BC+%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E6%A7%8B%E9%80%A0+%E5%89%B5%E7%99%BA%E7%9A%84%E7%99%BA%E8%A6%8B

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  21. 理念観念 思想信条 信念信仰 疑心疑念 疑惑幻想…
    https://www.google.co.jp/search?q=%E7%90%86%E5%BF%B5%E8%A6%B3%E5%BF%B5+%E6%80%9D%E6%83%B3%E4%BF%A1%E6%9D%A1+%E4%BF%A1%E5%BF%B5%E4%BF%A1%E4%BB%B0+%E7%96%91%E5%BF%83%E7%96%91%E5%BF%B5+%E7%96%91%E6%83%91%E5%B9%BB%E6%83%B3

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    1. 理念と幻想のあいだ…
      https://www.google.co.jp/search?q=%E7%90%86%E5%BF%B5+%E5%B9%BB%E6%83%B3

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    2. 「科学 数学 文学」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E7%A7%91%E5%AD%A6+%E6%95%B0%E5%AD%A6+%E6%96%87%E5%AD%A6

      「哲学 宗教」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E5%93%B2%E5%AD%A6+%E5%AE%97%E6%95%99

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  22. 犯人はだましの心理テクニックを研究…特殊詐欺
    2015年2月13日23時14分 読売新聞

     警察庁の伊藤隆行特殊詐欺対策室長と、立正大の西田公昭教授(社会心理学)が13日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、昨年の被害額が過去最悪の559億円に上った特殊詐欺の現状や被害防止策について語った。

     伊藤氏は、巧妙化する手口について「犯人側の電話には『携帯電話番号を変えた』など共通のキーワードがある」と分析。西田氏は「犯人側はだましの心理テクニックを研究している。『私はだまされない』と思わず、真剣に防ぐ方法を考えておくべきだ」と述べた。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150213-118-OYT1T50131

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  23. 2月23日 よみうり寸評
    2015年2月23日15時0分 読売新聞

     【杞憂きゆう】無用の心配をすること――少年の昔、この言葉の故事を聞いてピンとこなかった記憶がある◆「もし天が落ちてきたら」。大昔、中国の杞の国に途方もない心配をした男がいたという。けれど、なぜおかしいかが分からない。もし地球から大気が消えてしまったら、もし太陽が死滅したら…。みなさんもかつては不吉な疑問が次々に浮かぶボクやワタシではなかったろうか◆先生が言う。「地球の軸は傾いている」。えっ、それで正しく自転できるの? そうした“杞憂”に応えたのが「地球ゴマ」だろう◆ジャイロ効果と呼ぶ物理を応用し、斜めのまま、しばらく回りつづける不思議なコマだ。その科学玩具の製造中止が決まった。職人の高齢化が理由という◆回転するそばに仮の太陽を置いてみる。コマの上半身(北半球)がもたれるように太陽に近づくときが夏…なんだねと胸にときめきが駆けたのを思い出す◆きのう西日本や北陸で春一番が吹いた。地軸がもうすぐ、垂直になろうかという時節のお別れである。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150223-118-OYTPT50250

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  24. 「清浄世界(エリア)/不浄世界(エリア)」を分け隔てる「意識」という作用…

    本来の自然状態ではそれは混淆した状態のはず。

    人の意識の「価値」感覚(観念)がそれを識別する。

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    1. それは一種の「宗教観」のようなもの…

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    2. 「科学」がそこに援用され、都合のよい道具(方法、技法)として用いられる…

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    3. たとえば、「検査」とか「診断」とか…

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  25. [時の余白に]本当のことを言おうか 編集委員 芥川喜好
    2015年3月28日3時0分

     文庫本で出たばかりの『谷川俊太郎詩集』のなかに、その衝撃的な一行を見いだしたのは、大学に入った年の暮れでした。

     その年、一九六八年の新作として収録された「鳥羽」と題する連作の第一作目、第二連の一行目です。

     「本当の事を云おうか」。その一言に、全世界のざわめきが静まり、地上に生きるすべてが耳をそばだてます。そういう、詩の言葉です。詩は続きます。「詩人のふりはしてるが/私は詩人ではない」

     その前、第一連は、こうでした。「何ひとつ書く事はない/私の肉体は陽にさらされている/私の妻は美しい/私の子供たちは健康だ」。詩の言葉というのは何と万能なのかと感じ入った記憶があります。

     その一行は、少し前に読んだ『吉本隆明詩集』の一節「ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって/ぼくは廃人であるそうだ」と響きあって、一つの了解を学生にもたらします。

     世界は本当のことを口にしないことによって成立している、という認識です。自分が正体不明の「嘘うそ」に取り囲まれていることに気がついたのです。

     随分ひねた世界観ですが、大学が荒れた時代、既成の価値が次々に地にまみれていくなかで、信頼に値するものといえば自分には詩の言葉ぐらいしかなかったということです。

     半世紀近い昔の話ですが、これらの詩の言葉は少しも鮮度が落ちていません。人間が変わりようもないから詩は永遠です。嘘の数、いかさまの量、何ひとつ変わっていません。

        ○

     だからといって逆がいいということにはならないのが、人間の世界です。誰もが本当のことを言いあう社会を想像してみればいい。おそろしい。世界は凍りっ放しです。とても生きてはいけません。

     面白い展覧会を見ました。千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で開催中の、その名も「大ニセモノ博覧会」です。「本当」を装い、せっせとニセモノを作って人をだましてきた人間の歴史です。あっと驚くような歴史的まがいものの大集合です。

     そこに「価値あるニセモノ」という視点が提示されていて、不意をつかれました。

     たとえば「地方の旧家に伝わる書画」というものがあります。兵庫のある地主は、江戸初期から材木問屋、のち造り酒屋を営み、明治以降は県会議員も出している家です。日常的に人の出入りがある。旅の文人墨客が招かれることもある。

     季節や客にあわせ、宴席には美術品が飾られます。座敷には屏風びょうぶ。床の間には掛け軸。

     「家がもつ書画骨董こっとうでどのように演出するかが、主人の力量。場を作りあげ、客に見栄みえを張り、〈家の格〉を自慢する必要があった」と、歴博の西谷大教授は解説します。「そのためには、ニセモノでも名の通った美術品が必要だった」と。

     この家には池大雅、田能村竹田、酒井抱一ら著名な作者のものを中心に多彩な書画が所蔵されています。他にも、谷文晁や雪舟を伝える千葉の某家、雪舟画や吉田松陰の書がある山口の某々家など、家格や土地柄をあらわす書画が自慢です。

     真筆もある。しかし到底本物とは言えぬものも少なくない。だまされたのか、承知の上だったのかは不明ですが、地域社会での役割を演じるためにニセモノが立派に活躍していた。つまらぬ本物より価値のあるニセモノがあったというわけです。

        ○

     自分より価値あるニセモノがあるとなれば、本物も立つ瀬がありません。展覧会場でも紹介されている七十年前のファン・メーヘレン事件は、フェルメールの贋作がんさくを描いてきた超一級の腕前の男がナチス幹部の目を欺いて、価値あるニセモノの作者として英雄になった話です。

     男を「堂々たる贋作者」と呼んだのは小林秀雄です。小林はかつて鎌倉の近代美術館で開かれた「ほんもの・にせもの展」を見て、一番よかったのは休憩室にあったドガの上出来の複製画だったと言っています。

     本物とニセモノ、それに伴う善悪の問題は一筋縄では行きません。単純に線引きできるものでもない、微妙で相対的なもの。それぞれの欲望や野心や見栄や煩悩の量によって真贋を決する価値観は人間の側にある、ということかもしれません。

     ぼんやりテレビを見ながら、人間の真贋、などという突拍子もないことを考えます。画面は自分の売りこみに余念のない人、自分の商品価値を高めたい人でいっぱいです。

     本物は黙っていても本物ですから、そういうことはしません。どこか片隅で、自分のなすべきことをなしてひっそり生きている。たとえば昨年紹介した地域情報誌「かがり火」に出てくる、普通の、無名の人。特権とは無縁に、己のなすことに打ちこむ彼らのような存在こそ、本物と呼ぶにふさわしい気がします。

                      ◇

     二つの丹阿弥丹波子展です。4月4日~6月30日、東京日本橋蛎殻町、ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション(浜口との2人展)。4月5日~6月7日、神奈川県・茅ヶ崎市美術館。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150327-118-OYTPT50452

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    1. 本物と偽者の倒錯問題…

      「フィリップ・K・ディック シミュラークル」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%BBK%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF+%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AB

      「シミュラークル 複製技術 ベンヤミン」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AB+%E8%A4%87%E8%A3%BD%E6%8A%80%E8%A1%93+%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%A4%E3%83%9F%E3%83%B3

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  26. 4月4日 よみうり寸評
    2015年4月4日15時0分

    〈花散らで月は曇らぬ世なりせば物を思はぬわが身ならまし 西行〉。花散らしの雨に気をもみ、天気予報とにらめっこ…。桜と月を愛した歌人のごとく、そうやってここ数日を過ごした人は多いのではないか◆今夜は、満月が地球の影に入る皆既月食が起きるという。夜桜との競演が楽しめる、貴重な機会になる◆日本気象協会は「月食花見」と名付け、お薦めの鑑賞スポットをホームページで紹介している。全国で天体ショーが見られるはずだが、さて空模様はいかに◆雲に意地悪されても心折れぬよう、『徒然草』の一節を。〈すべて、月花をば、さのみ目にて見る物かは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨ねやのうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ〉◆月や花は目で見ると限ったものではない。それらを心に思い描く時こそ、尽きぬ情趣を味わえるのだ…◆「月食花見」の次のチャンスは17年後の4月26日。開花の遅い地域に限られそう。兼好の美意識には見習いたいが、今夜はやはり、晴れてほしい。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150404-118-OYTPT50310

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    1. >〈すべて、月花をば、さのみ目にて見る物かは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨ねやのうちながらも思へるこそ、いとたのもしう、をかしけれ〉◆月や花は目で見ると限ったものではない。それらを心に思い描く時こそ、尽きぬ情趣を味わえるのだ…

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    2. ルー語で熱中症予防PR ルー大柴とおのののか

       日本気象協会が推進するプロジェクト「熱中症ゼロへ」の記者発表会が東京都内で開かれ、タレントのルー大柴と、おのののかが、英単語を混ぜ込んだ独特の“ルー語”を駆使して、熱中症予防を呼びかけた。

       3年前、取材で訪れたアフリカで熱中症に襲われたという大柴は「目がローリング、回ってきちゃって、これでマイライフがフィニッシュかなってよぎりました」と告白。「ソルト分、塩分とウオーター分、水分を取るよう努力します」と語った。

       「ビールよりもポテト(芋)焼酎派」という大柴。医師から、利尿作用があるアルコールは熱中症予防には逆効果で、併せて水分を取るように指導を受けると、「ウオーターもトゥギャザーすると、二日酔いもしにくくなる。一石ツー鳥、二鳥ですね」と笑わせた。

       おのも、昨夏に熱中症で通院した。「水分は取っていたけれど、むくみを気にして塩分を取らなかったら、案の定熱中症になっちゃいました。体の中に熱がこもっているのに、汗が出なくて鳥肌が立ったんです。あんなつらい思いは二度としたくありません」

       おのは実家暮らしだったので、母親が異変に気づいてくれた。「1人暮らしだったら、本当にマイライフがフィニッシュしていました」としみじみ。大柴は「お母さんがいてくれて、不幸中のハッピーだったよね」とうなずいた。

      2015/05/12 17:30 【共同通信】
      http://www.47news.jp/CN/201505/CN2015051201001774.html

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  27. 【テレ朝メルマガ 報道ブーメラン第771号】私がなぜオウム事件を取材するのか?~地下鉄サリン事件20年に思うこと~
    http://www.tv-asahi.co.jp/mailmagazine/

     ■01■記者コラム
          「私がなぜオウム事件を取材するのか? 
            ~地下鉄サリン事件20年に思うこと~」
           「オウム 20年目の真実」特番プロデューサー/清田 浩司

      「ここ上九で富士山を見たという印象がないんですよ」。かつての教
      団スポークスマン・上祐浩史氏は、眼前に悠然と広がる富士山を
      見ながらつぶやいた。

      今回、私は特番「オウム20年目の真実」を制作するにあたって、上祐
      氏には実に計10時間にわたってインタビューした。1995年当時、教団
      の正当性ばかりを主張し、我々メディアとも対決姿勢を見せていた彼
      と、20年後このようにじっくり話を聞ける日が来るとは思ってもみな
      かった。

      上祐氏についてはよく「彼の言うことはどこまで本当なの?」という質
      問をよく受ける。当初からオウム取材を続けるジャーナリストの江川
      紹子さんは「話を聞いていると彼の頭の中で電卓をバシバシ叩くよう
      な音が聞こえてきそうなくらい計算高い」と評する。それでも彼から
      当時の話を聞く意義はあると、私は思う。

      上祐氏は86年オウム真理教の前身・オウム神仙の会に入会、古参
      幹部の一人で教祖・麻原彰晃の側近中の側近で教団中枢にいた人
      物だ。

      多くのオウム幹部たちが坂本弁護士一家殺害事件やサリン事件など
      次々と犯罪に手を染めていく中、上祐氏だけは何故かそうした殺人
      事件など重罪事件の犯行グループに名を連ねることはなかった。その
      点について本人もインタビューで「多分に運がよかったところがある」
      と話していた。

      当時の幹部のほとんどは死刑や無期懲役がすでに確定していて、我
      々が直接話を聞くことは事実上不可能だ。そうした現状の中で、上祐
      氏は教団創設時からの幹部であり、教祖・麻原にも近かったメンバー
      で社会にいて当時の教団の実態を証言できる稀有な存在なのだ。

      今回、上祐氏の証言で最も驚いたのは、坂本弁護士一家殺害事件
      直後の話だ。オウムは教団を批判していた坂本堤弁護士のみならず、
      妻の都子さん、わずか1歳の全く無辜の長男・龍彦ちゃんにまで手を
      かけた。本当に許しがたい事件だ。

      坂本弁護士事件が初めて審理された裁判で、その残忍な殺害方法
      を検察官が読み上げたとき法廷では、事件関係者だけでなく、我々
      記者たちも涙を流し、メモをとった記憶が今でも鮮明に残っている。

      上祐氏によると実行犯の一人だった新実智光死刑囚は事件後悩み、
      麻原に話を聞きに行ったという。そこで麻原は新実死刑囚に「お前が
      言うようにこれは殺人だ、悪業で幸福になる道ではない。だが高い
      世界に転生する坂本(弁護士)のために自分たちは殺人を犯した、
      だからグル(=教祖麻原)と共に地獄に堕ちてくれ」と言われ納得した
      と聞いたという。

      そして「なぜ当時、富士山を見なかったのか?」という私の問いに上
      祐氏は「それは麻原しか見ていなかったからです」と実に明快な回答
      をした。オウムの信者、元信者を取材していて私が思うキーワードは
      “思考停止”だ。

      今回、初めて話を聞けたオウムを脱会した元古参幹部も「教団では
      よく思考を止める訓練をしろしろと言われる、それが修行なんですよ、
      で東大や京大出たやつらが、みんなバカになっていくんですよ」と当
      時の信者の状況をそう表現した。

      そうした“思考停止”の状態に当時陥っていたオウム幹部たちは、実
      は意外なところに行っていたという話を聞き、私はその場所へと
      向かった…。


                 *    *   *    *    *


      小型飛行機を降りるとそこには経験したことのない別世界が広がって
      いた。「まるで火星だな…」。どこまでも広がる赤い土の大地に、人間
      は我々取材班しかいない。吹き付ける風は生ぬるく、そして何より難
      儀だったのはひっきりなしに顔を襲ってくる無数の小さなハエたち
      だった。

      日本から実に8000キロも離れたバンジャワンというオーストラリア西
      部の小さな田舎町の名前を知る日本人は皆無だろう。“世界で一番
      美しい都市”とも言われるパースから国内線で1時間のカルグーリー
      まで行き、さらにそこから小型飛行機で1時間半程かかる。

      私がこんなところまで遥々日本からやってきたのは93年に進められ
      ていたという“幻のオウム核武装計画”を検証するためだった。オウム
      は当時、数千万円でバンジャワンの牧場を購入、教祖麻原は信者
      20人程引き連れ、核兵器開発に向けウランの採掘を試みサリン生成
      実験もしていたというのだ。

      到着後、程なくして我々を出迎えてくれたのはニールさんという今の
      牧場主だった。「事件当時、僕は小学生だったからよく覚えていない
      んだよ…」。髭もじゃの、その風貌から自分より年上と思ったが、片言
      の英語で年齢を確認すると、一回り以上年下だった。

      ニールさんに「オウムがここにいたという痕跡は何かありませんか?」
      と聞くと、「車で20分くらい走った所にあるよ」という。

      東京都ほどの大きさがあるという広大な牧場のでこぼこ道ををかなり
      乗り古したニールさんの日本車が走る。車のエアコンはかからない。
      取材した2月のオーストラリアは真夏、額から汗がにじみ出てきて、
      ひたすら喉が渇く。

      灌木の間の細い道を通り抜けるとニールさんは私に振り向いて、「ここ
      だよ」と言った。「ここ数年、何回か大雨があって洪水になったからなく
      なっているけど、ここに直径3メートル、深さ1メートルくらいの大きな穴
      があったんだよ」

      当時の写真が残っていて見てみると、確かに巨大な穴が掘られてい
      た。彼らは掘削機などを現地で調達し、その費用も2000万円にも上っ
      たという。

      教祖麻原率いる信者らは実現こそしなかったが、ここオーストラリアで
      ウランを本気で掘り出そうとしていたのだ。聞けばこの周辺で良質な
      ウランがあると聞きつけた世界各国の企業が、実際にこの辺りを調査
      に訪れたことがあるという。オウム信者たちも、強ち全くの見当違いで
      はなかったのだと思うと空恐ろしい気がした。

      さらにこの牧場では当時、大量の羊の死骸が発見され現地警察が捜
      査にあたっていた。当時、捜査にあたった警察幹部にも話が聞け、
      「羊の毛からサリンが使われたという証拠が出た。彼らはこの西オー
      ストラリアで松本サリン事件の前年にサリンを製造し、羊で実験をした
      のだ」と断言した。

      「一歩間違えれば、オーストラリアでも大事件が起きたかもしれなかっ
      た」という思いを抱き、私は帰国の途についた。


                 *    *   *    *    *


      「清田さん、実は私、頑張れって言われるのが一番つらいんですよ」。
      オーストラリアから帰国後、取材に応じていただいた地下鉄サリン事
      件の被害者・浅川一雄さんの言葉に私は不意をつかれた。

      20年前のあの日、不幸にも地下鉄でサリンを吸いこんだ一雄さんの
      妹・幸子さんは重い障害を負い視力も失い、一人で起き上がることも
      できない。幸子さんは最近、呼吸が乱れ貧血のようになり、救急車で
      搬送されることも増えているという。

      「頑張れって言われても私はこの20年ほんとに頑張ってきた。これ以
      上頑張れというのかという気にもなってしまうんですよ。まあ、だから
      無理せずやろうと思っています」

      浅川さんのこの言葉がこの20年の歳月を象徴しているように思えた。
      献身的に介護する姿は本当に胸にぐっとくるものがあった。

      あるオウム死刑囚は今でも「事件は救済だった」と嘯いているという。
      この浅川さん兄妹の姿を見てもそのようなことが言えるのか、私は
      その死刑囚に問いたい。多くの人々を不幸にしたオウムが犯した凶
      悪犯罪の数々は、何年経とうとも決して許されるものではない。我々
      はそれを忘れてはならないし、今後も伝え続けなければならない。(了)

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  28. 「考える人」メールマガジン430号―肥った豚とスマホ―
    http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mailmag.html

    ■肥った豚とスマホ

     大学の卒入学式も一段落して、いよいよ新学期が始まりました。われわれの会社の最寄駅、地下鉄東西線の「神楽坂」は、「早稲田」駅の隣りです。この季節には、電車の中のなにげない会話にも地方出身者だと知れる新入生たちを見かけることがしばしばです。ふと40数年前の自分自身の姿を想像してしまいます。

     もっとも、当時は入学式も卒業式もありませんでした。60年代末の学園紛争の影響で、そうした儀式はまだ「中止」の状態が続いていました。おまけに私が入学した年は、国立大学の学費値上げの反対闘争が長引いて、5月の連休明けまで授業はなく、何とも拍子抜けする初年度でした。

     卒業の時も、似たり寄ったりの状況です。研究室に顔を出すと、助手が卒業証書を手渡してくれました。その足で生協購買部へ向かい、金文字で大学の名前が印刷された黒い丸筒を買い求め、それに卒業証書を納めます。実にあっさりしたエンディングでした。

     紛争前は、どこの大学でも「晴れの門出」として卒業式が行われていました。イメージとして印象的なのは、東京オリンピックが開催された1964年春の東京大学の卒業式。大河内一男総長が語ったとされる、「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」という言葉が有名です。

     新聞やテレビでも大きく報じられ、たしか「サザエさん」の漫画にも取り上げられた気がします。そんな記憶を呼び覚まされたのは、この春、東大教養学部の卒業式(学位記伝達式)で、石井洋二郎教養学部長がこの発言をめぐって興味深い指摘をしたからです。大河内総長のあの“伝説”には、根本的な間違いが3つあるというのです。

     その1。「大河内総長が言った」として、彼のオリジナルな言葉であるかのように思われていますが、元はといえば、19世紀イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルの『功利主義』という著作からの引用です。総長の式辞原稿を確認すると、「昔J・S・ミルは『肥った豚になるよりは痩せたソクラテスになりたい』と言ったことがあります」と書かれているようで、「なれ」と「なりたい」の若干の相違はありますが、出典がきちんと明示され、作法にのっとった正当な引用であることに誤解の余地はありません。

    〈ところが、マスコミはまるでこれが大河内総長自身の言葉であるかのように報道してしまった。そして、世間もそれを信じ込んでそのまま語り継いできたというのが、実情です〉

     その2。石井教養学部長は、J・S・ミルの著作の日本語訳にも当たってみました。すると、先ほどの箇所はこう訳されています。「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい」(*)。内容がだいぶ異なっています。さらに英語の原文はこうだといいます。

     It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied ;better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.

     原文と日本語訳はきちんと対応していますから、どうやらこれは大河内総長が自分なりの記憶に基づいて「適当にアレンジした」のでは、という疑いが生じます。ご愛嬌だといって大目に見ていいものか(笑って許される範囲の意訳かどうか)といえば、石井先生はやや厳しく見ているようです。「下手をすると、これは『資料の恣意的な改竄』と言われても仕方がないケースです」と。

     その3。ここが私にとっては最大の関心事なのですが、実はこの肝心のフレーズを大河内総長は、卒業式では読み飛ばしてしまったというのです。つまり、「実際には言っていない」発言だというわけです。

    〈原稿には確かに書き込まれていたのだけれども、あとで自分の記憶違いに気づいて意図的に落としたのか、あるいは単にうっかりしただけなのか、とにかく本番では省略してしまった。ところがもとの草稿のほうがマスコミに出回って報道されたため、本当は言っていないのに言ったことになってしまった、というのが真相のようです〉

     記者は卒業式の現場を取材することが認められていなかったのかもしれません。理由はとまれ、この「大河内総長は『肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ』と言った」という有名な語り伝えは、3つの間違いがダンゴ状になった完璧なフィクションだというわけです。

    〈早い話がこの命題は初めから終りまで全部間違いであって、ただの一箇所も真実を含んでいないのですね。にもかかわらず、この幻のエピソードはまことしやかに語り継がれ、今日では一種の伝説にさえなっているという次第です〉

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    1.  以上が、石井学部長の式辞の前段です。そして、ここから導かれる結論は、私たちが日常的に接しているあまたの情報――とりわけ「ネットに流れている雑多な情報は、大半がこの種のものであると思った方がいい」という教訓です。つまりは、いわゆる情報リテラシー――まことしやかな情報を、そのまま鵜呑みにするのではなく、自分の頭で批判的に検討し吟味する精神を培うこと――が大切なのだという指摘になります。

      〈……善意のコピペや無自覚なリツイートは時として、悪意の虚偽よりも人を迷わせます。そしてあやふやな情報がいったん真実の衣を着せられて流布してしまうと、もはや誰も直接資料にあたって真偽のほどを確かめようとはしなくなります。
       情報が何重にも媒介されていくにつれて、最初の事実からは加速度的に遠ざかっていき、誰もがそれを鵜呑みにしてしまう。そしてその結果、本来作動しなければならないはずの批判精神が、知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう。ネットの普及につれて、こうした事態が昨今ますます顕著になっているというのが、私の偽らざる実感です。
       しかし、こうした悪弊は断ち切らなければなりません。あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の足と頭で検証してみること、この健全な批判精神こそが……「教養」というものの本質なのだと、私は思います〉

       卒業生へのはなむけの言葉は、このように締めくくられています。さてそこで、大河内発言を当時の新聞がどう報じていたのか、ほんの少し調べてみました。1964年3月28日の朝日新聞夕刊です。振り袖姿の女子学生に囲まれて謝恩パーティで乾杯している大河内総長の写真が出ています。「やせたソクラテスたれ」という見出しがあり、式辞の要旨がまとめられています。時代の空気が感じられる内容ですので、あえて要旨の全文を紹介してみます。

      〈過去において東大は日本における有力な指導者たちをもっとも多く世に送り出した大学だったといえる。しかし東大出身者は日本の発展の推進役でもあったが、同時に日本の悲劇的な破滅の推進役だった人が少なくなかったことも忘れてはならない。いま卒業生にとってなにより必要なことは出世コースのすわり心地のよさに負けることではなく、政治や経済や文化などの面で日本的なゆがみやひずみを正すことである。
       むかしJ・S・ミルが「ふとったブタになるよりはやせたソクラテスになりたい」といったことがある。いまの社会のひずみから目をおおってふとったブタの栄誉に安住するよりは、たとえ身はやせても信念に生きることが人間らしいのだ。卒業生の諸君がやせたソクラテスになる決意をしたとき日本は本当に良い国になるでしょう〉

       J・S・ミルの引用だというワン・センテンスを総長が読み飛ばしていたとするならば、聴衆はその後に出てくる「ふとったブタ」も「やせたソクラテス」も、やや唐突ながら、総長自身の哲学的な比喩だと思って聞いたのでしょう。そして、「ふとったブタよりもやせたソクラテスたれ」とともかく檄を飛ばされたと受け止めたのは間違いないでしょう。

      ・言いもしなかった言葉を「述べた」と書いたメディアの誤り。
      ・あやふやな記憶をもとに自分に都合よく原典をデフォルメして使った引用者の罪。

       2つの責任は免れないにせよ、「大河内総長は『肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ』と言った」という話自体はあながち“幻”ではなかったようです。真相は定かでありません。しかし、どうやらそのあたりも先刻承知の上で、石井学部長は、「あらゆる情報の真偽を自分の目で確かめるように」、「必ず一次情報に立ち返って検証するように」と暗に卒業生たちにけしかけていたような気がします。

       さて一方、今年の入学式の挨拶では、信州大学の山沢清人学長の発言が賛否の波紋を広げています。曰く、「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」。

       さっそく大学のホームページで全文を読んでみました。確かにこの言葉がそのままテキストには載っていて(おそらく読み飛ばしはなかったのでしょう)、このフレーズに続いて「スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、独創性豊かな信大生を育てます」と述べられています。

       スマホに象徴されるモノやサービスの利便性が今日ほどではなかった時代には、創造性を育てるために必要な、時間的、心理的な「ゆとり」がありました。自分の頭で考えることにじっくり時間をかけることができました。

      〈信州大学では、自然に囲まれた緑豊かなキャンパスでの勉学と課外活動、都会の喧騒とは無縁の落ち着いた生活空間、モノやサービスなどが溢れることのない地に足の着いた社会など、知的にものごとを考え、創造的な思考を育てる環境を簡単に手に入れることができます。先輩諸氏は、このようにして、ゆっくりとした時間の流れを作っていたのです〉

       であればこそ、その良き環境を自覚的に受け継いで、「自分で考えること」を習慣づけ、「考えること」から決して逃げないでほしい――東北大学工学部出身の山沢学長は、万感の思いをこめて先の問いかけを発したに違いありません。

      「健全な批判精神を」という石井先生の言葉、そして山沢学長のメッセージ。瑣末なスマホ是非論に矮小化するのではなく、この二つの教育現場に共通する危機感、あるいは願いに、是非まっすぐ向き合ってほしいと思います。

      「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)

      *この訳文が誰のものかは明記されていませんが、おそらく伊原吉之助訳(『世界の名著38 ベンサム/J.S.ミル』所収、中央公論社、1967年)かと思われます。

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  29. 4月30日 よみうり寸評
    2015年4月30日15時0分

     手前みそに思われそうだが、お許し願いたい。巨人のルーキー高木勇人投手(25)の活躍が光る◆初登板から4連勝の勢いだが、過去に5度もドラフトにふられた苦労人である。スカウトが訪れると速球を見せようとして力み、失点を繰り返したという◆ところがプロを意識するのではなく、「チームのために投げよう」と気持ちを切り替えたとたん、生まれ変わったように制球力がついたそうだ。心がけ一つで道が開けた好例だろう◆競争社会にあって、「自分のため」を思わずにいることは難しい。「みんなのため」と言ったところで、歯が浮くようにしか聞こえない厳しい業界もあるだろうが、しかし、小欄は断じてきれいごとの応援団でいたい◆大学病院で同じ医師が手術をした患者が次々に死亡したり、わが業界に目を移せば、テレビ局の記者が「過剰演出」とやらで真実をゆがめたり…と。“自分”が少しでも脇にどいていれば、起こらなかった問題だろう◆向上心は大切だが、功名心となれば危うい。似て、非なり。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150430-118-OYTPT50301

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  30. 「反知性主義」森本あんり著 米国の不可思議さに答え
    2015年5月3日3時0分

    評・村田晃嗣 国際政治学者 同志社大学長

     一方で、数々のノーベル賞受賞者を輩出しながら、他方で、進化論を否定する者も少なくない――アメリカとは何と不可思議な国であろう。こうした素朴な疑問に、本書は真っ向から答えてくれる。

     北米大陸に入植したピューリタンたちは、やがて牧師の枯渇することを恐れた。そこで、彼らは牧師養成のために、1636年にハーバード大学を創設した。イェール大学やプリンストン大学がこれに続く。いずれも、合衆国建国の以前である。学位をもつ牧師たちは、難解で長時間に及ぶ説教を競い合った。また、ピューリタンの教会は、新世界で体制の主要な一角を担うようになった。こうした教会の体制化や人口の増大、印刷の普及によるメディアの拡大などがあいまって、信仰復興運動が起こり、アメリカ史上数度にわたって繰り返される。つまり、過度な知性主義が権威や権力と結びつくことに対する反発として、反知性主義が高まってきたのである。そして、この反知性主義はしばしば政治と連動し、ショービジネスの様相も呈していく。

     本書は、反知性主義の担い手たちを軸に、アメリカ宗教史をたどる列伝である。しかし、単なる宗教史にとどまらず、文化史であり、政治史、大学史でもある。「エルマー・ガントリー」や「リバー・ランズ・スルー・イット」など通好みの映画のエピソードも、巧たくみに盛り込まれている。こうして、本書は、軽妙な語り口で、重厚なテーマを様々な文脈の中で吟味してくれる。

     そもそも、反知性主義は知性を前提にしている。そして、知性は自省、「ふりかえり」を必要とする。この点で、知性は単なる知能とは異なる、と著者は指摘している。「反知性主義を成り立たせるためには、批判すべき当の秩序とはどこか別のところに自分の足場をもっていなければならない」。その意味で、中途半端な「半」知性主義(竹内洋)にある日本の知的・政治状況への警鐘が、本書には込められている。

     ◇もりもと・あんり=1956年生まれ。国際基督教大・学務副学長。著書に『アメリカ・キリスト教史』など。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150502-118-OYTPT50511

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    1. 原点・米国から捉える「反知性主義」 既成秩序前向きに変革
      2015年4月20日3時0分

       近頃「反知性主義」という言葉をよく見かける。若者が本を読まない風潮や、隣国を感情的にこき下ろすといった知性軽視の態度に対し、これを批判する際に使われる。しかし、神学者の森本あんり・国際基督教大学務副学長(58)の『反知性主義』(新潮選書)は、この精神態度がもともとアメリカのキリスト教の中から生まれ、そこには積極的な意味もあることを教える。(文化部 植田滋)

       同書によれば、反知性主義という言葉は、米歴史家リチャード・ホフスタッターが『アメリカの反知性主義』(1963年刊)の中でマッカーシズム(赤狩り)の系譜をたどる際に注目し、広く使われるようになった。社会のエスタブリッシュメント(支配階級)が知性を権威として不当に使用することに対し、これに反発する態度を指す。

       始まりは、ヨーロッパからアメリカに渡ったピューリタンの「極端な知性主義」に求められるという。先鋭的なプロテスタントである彼らは聖書への立ち返りを奨励したため、聖書の読解に優れた指導者のもと、極めて高度な知的社会を築いた。しかし、何時間も説教が続くような重苦しい社会に、「耐えきれず、うんざりする人々が出てきて、反知性主義が芽生えた」と森本さんは説明する。

       「プロテスタントはもともと抗議する人。そこにはエスタブリッシュメントに反発する思想が埋め込まれており、ピューリタン社会が実現すると、今度はこれに反発する人が出てきた」

       こうした反発を吸い上げる役割を果たしたのが、18世紀に始まり、以後アメリカで間欠的に繰り返された「信仰復興運動」だ。宗教的回心が次々に起こり、各地で熱狂を生み出していくキリスト教のリバイバル運動だが、これが反知性主義に形を与えた。「学のある者もない者も、インテリも小学校すら出ていない者もみな同じ」という平等観に支えられ、既成の教会秩序を越える運動だったからだ。

       信仰復興運動について、森本さんは「要するに集団ヒステリー」と評する一方、「既存の権威や体制を変革していく力の源泉になった」と肯定的にも捉える。回心は権威によってではなく、自らの信仰への確信によって達成されるため、周囲の反対を押し切ってでも信念を貫く胆力や、フロンティア精神を生み出す。単なる嫉妬心からくる「反権威」とは異なる、より前向きな姿勢があるという。「反知性主義は知性そのものへの反発ではない。あくまで権威と結びつくことへの反発だった」

       このような捉え方で現代の日本を見ると、「むしろ反知性主義が不十分に見える」と言う。例えば、東大を頂点とする知的序列は今も強固。「反権威」も、単に嫉妬心に根ざしたものに陥りがちだ。こうした状況を乗り越え、「既存の知的序列とは異質で多様な知性が日本で育つためにも、いい意味での反知性主義はもっと広がってほしい」。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150419-118-OYTPT50275

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    2. >「イエスは律法学者や宗教的権威を批判したが、それが反知性主義の出発点になっている」と語る森本さん

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    3. アメリカの反知性主義の根幹
      竹内 洋

       二〇〇一年に小泉純一郎が自民党総裁に就任する。「自民党をぶっ壊す」「郵政改革に反対する者は抵抗勢力」などのワンフレーズが選挙民に訴求力をもった。テレビを舞台としたその政治手法は「小泉劇場」といわれ、ポピュリズムという用語がリアルになりはじめた。ポピュリズムは既得権への攻撃という情念の政治であるから、反知性主義と手を携えている。
       はたせるかな、そのあと「本を読んで、くっちゃべっているだけ、役立たずの学者文化人」という橋下大阪市長の臆面なき発言に象徴される反知性主義的空気がたちこめてきた。日本社会のヤンキー化という論題もでてきた。ヤンキーは、くだくだしい理屈を毛嫌いし、インテリ系をオタクとして憎み蔑む。ヤンキー・ハビトゥスという反知性主義が前景化しはじめたのである。
       反知性主義といえば、アメリカをただちに思い浮かべる。その分析の金字塔といわれるものがホフスタッター『アメリカの反知性主義』である。反知性主義の歴史的原因がつぎのようにいわれている。知識階級ではなく、庶民の英知を持ち上げた人民民主主義の政治の唱道。実用一点ばりの大衆教育重視。そして、その根源がアメリカの宗教生活の特異性、つまり福音主義(回心にもとづき教会よりも聖書に立ち返る宗教改革運動)の宗教的民主主義にあるとしている。
       ところがこの肝心要の宗教的反知性主義のホフスタッターの説明が、複雑なアメリカ宗教の布置に疎い日本人読者には実にわかりにくい。評者もこの大事な部分を途中で放棄してつぎの章に移ったことを憶えている。それだけに喉にひっかかった小骨のような思いをひきずってきたが、本書の精緻かつ巧みな筆力によって、見事にその骨がとれた。
       本書は、アメリカに宗教的反知性主義が生まれたのは、初期のピューリタンの厳格といってもよい知性的な宗教生活とそれにもとづく知の支配へのバックラッシュだとする。貴族制の伝統を欠いたアメリカであればこそ知の支配はヨーロッパ以上のものになったからである。そこで生まれたのが福音主義的な信仰復興運動である。高邁な知性よりも素朴な無知や謙遜こそが信仰に大事とされ、神の前では万人が平等であり、誰でも司祭になり得るとされた。この宗教的反知性主義は宗教的民主主義であり、アメリカの反知性主義の根幹をなしているとする。
       そのためにフィニー、ムーディ、サンデーなどの福音伝道の立て役者のパフォーマンスのさまを動画をみるように臨場感あふれる筆致で描く。「日本教」ならぬアメリカ文化や政治のもとにある「アメリカ教」(アメリカ型キリスト教)の来歴と布置が手に取るようにわかる。
       著者が「はじめに」で言うように本書はホフスタッターの見立てを出発点にして書かれている。しかし、本書はホフスタッター本のわかりやすい版というわけではない。むしろホフスタッター本をアップグレードしている。ホフスタッター本はマッカーシズムの悪夢が覚めやらぬときに書かれたぶん反知性主義を病理としてしまっているのに対し、本書は反知性主義にネガティブなレッテルを貼ることでよしとしないからである。
       アメリカの反知性主義が宗教的反知性主義に由来するということは、反知性主義が宗教的使命にうらづけられた「反権威主義」であるということだ。だから反知性主義は必ずしも知性そのものに対する反感ではない。知性が特権階級だけの独占的な所有物になることへの反発であるとしている。だから反知性主義には知識人が果たすべき役割もみられるという卓見も披露されている。吉本隆明の「大衆の原像」のひそみにならって言えば、「反知性主義の原像」を掬い上げているところが本書の圧巻部分である。
      「あとがき」で著者は、真正の反知性主義がでるためには、「相手に負けないだけの優れた知性が必要だろう。と同時に、知性とはどこか別の世界から、自分に対する根本的な確信の根拠を得ていなければならない」。そういう反知性主義があらわれることで、既存の秩序と違う新しい価値の世界が切り拓かれると述べている。すぐれた洞察に舌を巻く力作である。

      (たけうち・よう 社会学者)
      https://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/603764.html

      波 2015年3月号より
      https://www.shinchosha.co.jp/book/603764/

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    4. エスタブリッシュメントに対抗するものとしての「反知性主義」的なものが成立しない、真のエスタブリッシュメントが空虚空洞あるいは存在していない異次元おカルトな日本の状況…

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  31. 世界の約半数「将来 中国が米に代わる超大国に」
    6月24日 7時03分

    アメリカの世論調査機関が、米中関係に関して行った調査の結果、世界の半数近くの人が台頭する中国が、将来、アメリカに代わる超大国になると考えていることや、アジア太平洋地域では半数以上の人がアメリカ軍の兵力の増強を歓迎していることなどが、明らかになりました。

    この調査は、アメリカの世論調査機関「ピュー・リサーチセンター」が、世界40か国のおよそ1000人ずつを対象に、アメリカと中国に対する見方や、アメリカのアジア政策などについて聞いたもので、23日、結果が公表されました。
    それによりますと、世界全体ではアメリカを好意的に見ている人が69%、中国については55%と、いずれも半数以上の人が好意的に見ているものの、中国ではアメリカを好意的に見ている人が44%、アメリカでは中国を好意的に見ている人が38%にとどまっています。
    また、将来、中国がアメリカに代わる超大国となると思うかという質問に対しては、「なると思う」と答えた人が48%に上り、「ならないと思う」と答えた35%を上回りました。
    さらにアジア太平洋地域の国々を対象に、アメリカのアジア重視政策について聞いたところ、アジアに展開するアメリカ軍の兵力の増強を歓迎する人が51%で、歓迎しないと答えた34%を上回りました。このうちアメリカと安全保障条約や軍事協定を結んでいる日本、韓国、フィリピンで、「中国と紛争になった場合、アメリカが守ってくれると思うか」と尋ねたところ、「守ってくれる」と答えた人が日本で60%、韓国で73%、フィリピンで66%にのぼりました。
    また、アメリカ人に対し、アジアの同盟国が中国と紛争になった場合、軍事力を行使して防衛するべきか尋ねたところ、56%が「するべき」と答え、「するべきでない」と答えた34%を上回りました。
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150624/k10010125551000.html

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    1. どういう思惑にもとづいた調査アンケートごっこなのだろう…

      設問設定というのは恣意的なところから逃れようがない…

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    2. そして大概、そのような予測予想はほとんどすべて外れる結果におわり、ほとんどあたったためしがない…

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  32. 7月1日 編集手帳
    2015年7月1日3時0分

     評論家の小林秀雄は急行の食堂車で晩飯を食べていた。同じテーブルに上品な老夫婦が座った。夫人は人形を小脇に抱いていた。人形は背広を着、ネクタイを締めている。夫人はスープをまず人形の口もとに運び、自分の口に入れた◆夫人が正気かどうかは分からないものの、人形は亡くなった息子だろうと小林は察した。会食は穏やかに、静かにつづく。『考えるヒント』(文春文庫)所収のエッセー『人形』である◆人生の交差点である列車の旅は、他人の哀かなしみや喜びと隣り合うこともある。邪悪な意思とだけは、道連れになりたくない◆列車内に油をまいた男は自身も浴び、火を放ったという。きのう、神奈川県小田原市を走行していた東海道新幹線、下り「のぞみ」で起きた火災である。男と、煙に巻かれたらしい女性乗客の2人が死亡した。身近な乗り物を襲った恐怖に、背筋が冷たく感じられた方は多かろう◆小林のテーブルには、あとから大学生とおぼしき若い女性が相席になった。ひと目で状況を悟り、人形との会食に順応したという。〈観察眼〉。とりあえずの自衛策に、その3文字を胸に刻む。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150701-118-OYTPT50182
    http://koibito2.blogspot.jp/2015/04/blog-post_25.html?showComment=1435754176201#c2278495845882603182

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  33. [本よみうり堂]その〈脳科学〉にご用心 サリー・サテル、スコット・O・リリエンフェルド著
    2015年8月30日3時0分

    実社会での応用は尚早

    評・岡ノ谷一夫(生物心理学者・東京大教授)

     この本の問題は、書名が若干脱力系な点だ。それを除いては、脳と行動に関心を持つ人にぜひ読んでもらいたい良書である。峠を超えた感はあるが、我が国では自己啓発書が脳科学の装いを持っていた時代があった。それが布石となってか、脳科学が商業行為に役立つという思い込みが非常に高くなっているようだ。果たしてそんなに楽観できるのか。

     本書は脳科学の象徴となっている脳画像法(脳の活動が高い部分を黄で、低い部分を紫で示す図を得る方法)に徹底的な検討を加える。脳画像を得る方法の一つである機能的磁気共鳴画像法は、今後さらに発展する技術であり、認知・情動の実験的研究に最もふさわしいものであるが、現段階で法やビジネスなど実社会での意思決定に応用するのは時期尚早で危険というのが著者らの主張だ。

     まずやり玉にあがるのが広告業界だ。脳科学は消費者の購買行動の理解に部分的に有用ではあるが、その知見から売れるものが作れるとは限らないという例が説明される。ある決定に至る脳活動を計測することは可能だが、脳活動を操作することで同じ決定を引き起こせるとは限らない。これは脳科学を商業応用しようとする際に常に起こる誤謬ごびゅうであり、本書では「逆推論」と呼ばれている。AならばBであるからと言って、BならばAであるわけではない。

     薬物中毒を脳の疾患と見るか行動の制御と見るかという話題、容疑者の脳活動から犯罪の生起を判断できるかという話題、神経系の未成熟により犯罪を減刑できるかという話題も紹介される。どれも、脳がこうだから、こういう行動をしたという逆推論の誤謬が論じられる。これが進められるとあらゆる行動の責任は脳に帰せられ、本人に帰せることが出来ない。だからこそ最終章の見出しにあるように、「脳よりも“心”」が筆者らの最後の主張なのである。私自身、脳科学に関わる者として、本書にあるような誤謬に陥らないようにせねばならぬ。柴田裕之訳。

     ◇Sally Satel=米国の精神科医◇Scott O.Lilienfeld=米国の心理学者。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150829-118-OYTPT50530

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    1. 東大教授・生物心理学者「私自身、脳科学に関わる者として、本書にあるような誤謬に陥らないようにせねばならぬ」(笑)。

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  34. 江戸時代のキリスト教弾圧の史料 公開
    9月12日 9時39分

    バチカンで見つかった江戸時代のキリスト教弾圧に関する貴重な史料が、現地の図書館でメディアなどに初めて公開されました。
    バチカンの図書館では、江戸時代に今の大分県で進められたキリスト教を禁じた政策について記され、1900年代前半に来日して布教活動を行ったイタリア人神父によって集められた1万点以上の史料が、4年前に見つかりました。
    その後、日本とバチカンの研究者が共同で史料の修復や研究を続けているなかで、修復作業を終えた20点余りの史料が、11日、現地でメディアなどに初めて公開されました。
    公開された史料には、キリスト教から改宗させられたあと、5代にわたって幕府の監視を受けた一家について、葬儀の方法を確認するため役人が立ち会ったことを示す文書や、キリスト教から改宗した家族がもはや信者ではないと署名入りで表明させられた文書などが含まれ、江戸時代のキリスト教弾圧の実情を今に伝えています。
    バチカン図書館のパシーニ館長は「2020年までに史料の一覧の作成やデジタル化を含め、修復のプロジェクトを完結させたい」と話しています。
    また、国文学研究資料館の大友一雄教授は「これだけまとまった史料が見つかるのは今までにないことで、修復を進めて世界に発信したい」と話しています。
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150912/k10010231021000.html

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    1. 日本の「人身売買」奴隷貿易を仕切ったキリシタンども…
      https://www.google.co.jp/search?q=%E4%BA%BA%E8%BA%AB%E5%A3%B2%E8%B2%B7+%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99+%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA

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  35. [「ウ」の目 鷹の目]豪雨の夜 29年前の記憶…編集委員 鵜飼哲夫
    2015年9月19日3時0分

     「ただちに命を守る行動」を求める気象庁の大雨特別警報が、栃木県に発表された9月10日午前0時20分、テレビに目が釘くぎ付けになった。

     茂木町など同県内だけで6人の犠牲者が出た29年前の夏の豪雨を思い出したからだ。当時、新人記者として宇都宮支局に赴任して4年目、茂木町、益子町、真岡市など1市5町をカバーする真岡通信部で取材していた。

     1986年8月4日夜、雨がたたきつけるような音に変わり、車で30分ほど離れた茂木町で、災害対策本部が設置されたという情報が入った。支局のデスクからの指示は三つだった。「即刻現場に向かえ。安全には十分に注意せよ。現場では通信手段を確保せよ」。眠りなき夜が始まった。

     途中の川は至る所で氾濫し、あたり一面は湖のようになっていて、現場に近づけない。豪雨で見通しもきかず、ハンドルを持つ手が震えた。迂回うかいルートで茂木町に入ったときは、もう夜が明けていた。

     人口約2万人の町は、夜中に那珂川支流の逆川が氾濫し、約5000世帯が1~2メートルの水につかって孤立、土砂崩れなどで3人が犠牲になった。被害の詳細がわかったのは、混乱する現場に着いて、しばらくたってからだった。

     到着時、水はかなり引いていたが、道路は見渡す限りの汚泥で、橋には上流からの流木が山のように突き刺さっている。泥に足をとられる。電話は不通。役場も警察、消防も救援救出に奔走していて、断片的な情報しか入らない。大きな現場では、一人の記者の存在は大海の一滴にすぎないように感じられた。

     携帯電話もツイッターもない時代、ライフラインが断絶し、真っ暗な闇に閉ざされた家屋の2階などに避難していた住民の不安はそれどころではなかった。「情報不足でパニックになるところだった」という住民の声を聞き、電話が通じる場所まで移動し、なんとか支局に連絡がとれた。

     29年前の8月5日、本紙夕刊社会面の見出しは「2万人の町、濁流に孤立 街灯につかまる住民 栃木の茂木町 有線TVで避難命令」だった。直後には茨城県で小貝川が決壊、結城郡石下町(現常総市)などで濁流が民家に迫り、6日夕刊で「懸命の救出作業つづく」と報じられた。

        ◇

     歴史は繰り返す。今月10日午後、鬼怒川の堤防が決壊した常総市の現場は、86年の小貝川決壊地点から西に約3キロ。濁流は、小貝川の流れる東方面にも広がり、宅地開発の進んだ地域で大きな被害を出した。前回との浸水区域の重なりもある。

     86年豪雨で対策本部の茂木町役場1階が水没したように、今回も常総市の市庁舎に浸水、一時孤立した。

     だが、歴史は同じには繰り返さない。今回、「50年に1度の規模」の大雨で決壊した鬼怒川の濁流は、津波のような勢いだった。流される家から間一髪、ヘリコプターで住民が救助される映像には息をのむしかなかった。

     古代中国では治水は王の仕事だった。それゆえに、世を治める政まつりごとを「政治」といった。常総市の鬼怒川決壊では、避難指示の不徹底や避難計画の不備など政治の課題が指摘されている。これもまた歴史の反復で、東日本大震災でも、巨大津波を想定していなかったこと、津波規模の過小評価が被害を拡大した。

     政治だけに頼っていては自然の猛威から命を守れない。これも歴史の教える点だ。

        ◇

     「明日は八分通り雨」と予測し雨が降れば当たったといえる。では、「明日の降水確率は20%」という予報で雨になったら外れか。いずれも雨と予測しているから真偽は言えない。哲学者の大森荘蔵は『流れとよどみ』(産業図書)で、書いている。確率は過去の気象統計などをもとに出されるが、現実の明日の天気がどうなるかは確率だけでは測れない。同じような状況でも違いがあるからだ。八分通り雨と予測したのに晴れ、洪水警報が出ても無事なこともある。みなが知る通りである。

     では、予測に意味がないかといえば、そうではないと哲学者はしている。八分通り雨が降ることに人生を賭け、未来に立ち向かう行動をした人は、実際に雨が降った場合、人生を〈よりうまく生きられるのである〉。

     今回は栃木県につづき茨城県でも大雨特別警報が出ていた。日頃から避難経路を確認し、危急の際、状況に応じて適切な「命を守る行動」を早めにする。それは人生の賭け、生きるための選択である。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150918-118-OYTPT50462

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    1. >大森荘蔵『流れとよどみ』(産業図書)
      https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E8%8D%98%E8%94%B5+%E6%B5%81%E3%82%8C%E3%81%A8%E3%82%88%E3%81%A9%E3%81%BF+%E7%94%A3%E6%A5%AD%E5%9B%B3%E6%9B%B8

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    2. 物と心 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2015/1/7
      大森 荘蔵 (著)
      http://www.amazon.co.jp/dp/4480096434

      https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A7%E6%A3%AE%E8%8D%98%E8%94%B5+%E7%89%A9%E3%81%A8%E5%BF%83+%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB

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  36. 鏡見ながら食べると美味 日本認知科学会で発表
    2015/09/20 17:20 【共同通信】

     一人の食事でも、鏡に映る自分の姿を見ながら食べると、鏡なしの場合より食べ物をおいしく感じるとの実験結果を、名古屋大の中田龍三郎研究員(心理学)らが20日までにまとめた。味覚や気分の変化とは別の要因があるとみられ、中田さんは「他者と食べる“共食”環境を疑似的につくりだし、おいしさの感覚が刺激されているのではないか」としている。
     日本では、一人で食事する「孤食」が高齢者を中心に多くなっており、研究を応用することで食事の質を高める効果も期待できそうだ。
     川合伸幸同大准教授との共同研究。千葉大で開催された日本認知科学会で19日に発表した。
    http://www.47news.jp/CN/201509/CN2015092001001367.html

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  37. [読み解く]正しさと曖昧さ…大阪本社編集委員 森川暁子
    2015年9月30日3時0分

     〈争う人は正しさを説く正しさゆえの争いを説く〉

     アパレルブランド「アース ミュージック&エコロジー」のCMに、いつもはっとする。女優、宮崎あおいさんらが、中島みゆきさんの「Nobody Is Right」を合唱している。正しさって何だ、と思わず考え込む。

     吉野弘さんの詩「祝婚歌」の中に、若い2人へのこんな言葉がつづられている。

     〈正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気付いているほうがいい〉

     相手と価値観が異なるときも、同じときも、正しさには注意が必要らしい。

     そして、文化庁が先日発表した国語に関する世論調査結果にもギクリとした。はっきりとした物言いを避け、相手と距離感を保つ傾向が広がっているそうだ。

     ふだんの話し言葉に近い言葉で書いた、自分のメールを読み返す。文章への意見を求められ、〈わたし的には、最後の1文は、もしかしたらなくてもいいかもと……。いや、これはこれでいいんですけど〉。全力を挙げて「1文不要」の趣旨をぼかしている。傷つけない配慮というより、言い切る覚悟がないのだ。送信した後、グッタリ消耗する。ささいなことでも、正しいと思うことを言うには勇気がいる。

     正しさで人を踏みつけることなく、かつ、りんと潔く――。理想を掲げてみて、あまりの正しさに、早くも負けそうになる。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150929-118-OYTPT50446

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    1. 若者的「微妙」なぼかし言葉、幅広く浸透
      2015年9月18日9時53分

       「微妙びみょう」「わたし的には――」など、断定を避ける「ぼかし言葉」が、若者を中心に幅広い世代に浸透していることが17日、文化庁が発表した2014年度「国語に関する世論調査」でわかった。

       同庁は「はっきりとした物言いを避け、相手と距離感を保つ傾向が広がっている」と分析している。

       調査は今年1~2月、全国の16歳以上の男女計3493人を対象に面接方式で実施し、55・6%にあたる1942人から回答を得た。

       ぼかし言葉や若者言葉六つについて使用頻度を尋ねた。いいか悪いかの判断がつかないときに「微妙」と言うことが「よくある」「時々ある」と答えた人は計66・2%に上り、同じ質問をした04年度調査より8・4ポイント増えた。30歳代までの9割台が使っており、年齢が上がるにつれ少しずつ減るものの、70歳以上でも4割強だった。

       「わたしはそう思います」を「わたし的にはそう思います」と言うことがある人は、04年度調査より4・3ポイント増の19・9%。30歳代までが4割前後、40歳代も2割台に浸透していた。「とても良かった」と言う際に、「とても良かったかな、みたいな……」と発言をぼかして相手の反応を見る言い方をすることがある人は17・5%で、04年度から2・5ポイント増えた。

       また、新しい複合語、省略語六つについても調査。育児に熱心な男性を指す「イクメン」を使うことが「ある」人は21・6%。特に30歳代の子育て世代が約4割に上った。

       田中ゆかり・日本大学教授(日本語学)の話「ぼかし表現はコミュニケーションのあつれきを避けることができ、対面のほか、不特定多数の人が閲覧するネット上でも重宝されている。『イクメン』などの新語は自分の生活に身近なほど、使用の機会が増えている」
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150918-118-OYT1T50038

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    2. 若者的には 「ぼかし言葉」…「微妙」「~とか」幅広く浸透 文化庁世論調査
      2015年9月18日3時0分

      「微妙びみょう」「わたし的には――」など、断定を避ける「ぼかし言葉」が、若者を中心に幅広い世代に浸透していることが17日、文化庁が発表した2014年度「国語に関する世論調査」でわかった。同庁は「はっきりとした物言いを避け、相手と距離感を保つ傾向が広がっている」と分析している。

       調査は今年1~2月、全国の16歳以上の男女計3493人を対象に面接方式で実施し、55・6%にあたる1942人から回答を得た。

       ぼかし言葉や若者言葉六つについて使用頻度を尋ねた。いいか悪いかの判断がつかないときに「微妙」と言うことが「よくある」「時々ある」と答えた人は計66・2%に上り、同じ質問をした04年度調査より8・4ポイント増えた。30歳代までの9割台が使っており、年齢が上がるにつれ少しずつ減るものの、70歳以上でも4割強だった。

       「わたしはそう思います」を「わたし的にはそう思います」と言うことがある人は、04年度調査より4・3ポイント増の19・9%。30歳代までが4割前後、40歳代も2割台に浸透していた。「とても良かった」と言う際に、「とても良かったかな、みたいな……」と発言をぼかして相手の反応を見る言い方をすることがある人は17・5%で、04年度から2・5ポイント増えた。

       また、新しい複合語、省略語六つについても調査。育児に熱心な男性を指す「イクメン」を使うことが「ある」人は21・6%。特に30歳代の子育て世代が約4割に上った。

       田中ゆかり・日本大学教授(日本語学)の話「ぼかし表現はコミュニケーションのあつれきを避けることができ、対面のほか、不特定多数の人が閲覧するネット上でも重宝されている。『イクメン』などの新語は自分の生活に身近なほど、使用の機会が増えている」

      手書き文字 見慣れず

       今回は、手書き文字の字形についての意識も初めて調べた。

       どちらも国の常用漢字表で認められている漢字の字形を並べて聞いたところ、一つだけが適切だと答える人が目立った。パソコンなどの普及で、多様な手書き文字に接する機会が減っているためとみられる。

       「女」では、「ノ」が横棒の上に出ても出なくても正しいが、どちらかだけが適切と考えていた人が9割近かった。また、「木」では、縦棒の下をとめる字形だけが適切とした人が65%に上った。常用漢字表があることを知らない人も33・9%いた。

       「日常生活で文字を手書きする機会があるか」という問いでは「ある」とした人が72・7%。手書きの習慣を「これからの時代も大切にすべきだ」との答えは91・5%だった。

       沖森卓也・立教大学教授は「学校で習った字形だけが正しいと考える人が多い上に、パソコンなどの普及で許容の幅が狭くなっている。もっと気軽に漢字を使ってもいいのではないか」と話している。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150918-118-OYTPT50119

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    3. 国語に関する世論調査 ゲームやネット 子供の言葉に影響
      2015年9月18日3時0分

       文化庁が17日に発表した2014年度「国語に関する世論調査」で、子供の言葉遣いに対して、ゲーム機やインターネットの影響が大きくなっていることがわかった。家庭で言葉遣いについて注意を受けた人は減っており、同庁は「パソコンやゲームが大人から子供まで浸透し、家庭での会話が減っていることなどが考えられる」としている。

       調査で、子供の言葉遣いに与える影響が大きい人やものを尋ねた(複数回答)ところ、「ゲーム機」と答えた人が47・5%で、同じ質問をした2000年度調査(34・1%)、07年度調査(45・2%)より上昇。「インターネット」も39・2%と、07年度調査より11・5ポイント増えた。一方、「母親」(72・3%)や「父親」(67・8%)などは、07年度調査よりも減っていた。

       「幼少期に家庭で言葉遣いを注意されたことがあるか」という質問では、「注意されなかった」人が43・5%。2000年度調査(26・8%)、07年度調査(39・3%)より増えていた。

       子供の言葉遣いを注意すべき人では、「父親・母親」が96・4%と最も高いが、「学級担任の先生」も9割を超え、学校への期待が大きいことがうかがえる。

       「今の国語が乱れていると思うか」については、「乱れていない」を選んだのが23・5%で、1999年度の調査以降、増加傾向にある。特に16~19歳では「乱れていない」と思っていたのが、4割台に上った。

      ◇本来の意味かすむ慣用句

       慣用句などの意味についても尋ねた。「枯れ木も山のにぎわい」は、本来の意味の「つまらないものでも無いよりはまし」と答えた人は37・6%。一方、「人が集まればにぎやかになる」と捉えていた人は47・2%に上った。若者から高齢者まで全ての世代で本来の意味を選んだ人の方が少なかった。逆に、2004年度調査では、本来の意味が38・6%で、「人が集まれば~」(35・5%)より多かった。

       「おもむろに」については、本来の「ゆっくりと」を選んだ人が44・5%。「不意に」という間違った意味を選んだ人も40・8%いた。特に40歳代以下では6割以上が誤解していた。また、「いよいよ、ますます」を表す言葉では、本来の「いやがうえにも」(34・9%)ではなく、「いやがおうにも」と回答した人が42・2%いた。

       一方、過去の調査よりも正しい理解が進んでいた言葉もあった。「企業が学生を早い時期に採用すること」を意味する言葉は、04年度調査では本来の「青田買い」を選んだ人が29・1%にとどまり、「青田刈り」が34・2%だったが、今回は本来の「青田買い」が47・4%と、「青田刈り」の31・9%より多かった。

       文化庁は「日常的に使われない慣用句では、文脈から意味を推察する機会が少なくなり、本来の意味がわからなくなっている。逆に過去の調査などで話題になり、本来の使い方が広まったケースもある」と分析。同庁は慣用句の意味を伝えるDVDを各都道府県教育委員会などに配布しており、「研修や授業などで活用してほしい」としている。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20150917-118-OYTPT50386

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  38. 「考える人」メールマガジン450号―なんのために 生まれて なにをして 生きるのか―
    http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mailmag.html

    【考える本棚】
    梯久美子『勇気の花がひらくとき――やなせたかしとアンパンマンの物語』
    (フレーベル館)

     なんのために 生まれて なにをして 生きるのか
    ------------------------------------------------------------------------

     子どもたちに絶大な人気があるのは知っていましたが、身近に子どもがいなかったせいで、絵本もアニメも見る機会がなく、テーマソングを聞くこともありませんでした。アンパンマンの人気の秘密は、よく分からないままでした。

     ところが、東日本大震災の後、被災地の避難所で、ラジオから流れる「アンパンマンのマーチ」に合わせて、子どもたちの大合唱が始まったという話を聞き、目を開かれるような衝撃を受けました。

     そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
     たとえ 胸の傷がいたんでも

     なんのために生まれて なにをして生きるのか
     こたえられないなんて そんなのはいやだ!

     今を生きることで 熱いこころ燃える
     だから君はいくんだ ほほえんで

     本書は、「アンパンマン」の生みの親であるやなせたかしさんの評伝です。子ども向けに書き下ろされた136ページの物語ですが、鮮やかに浮かび上がるのはやなせたかしという稀有な漫画家の詩心です。

    「内気でさびしがりやだった、ごくふつうの男の子」が、どのような経路をたどって「ぼくの子供であり、ぼく自身でもある」というアンパンマンを生み出したのか。生涯を綴る各章の冒頭に、その内容にもっともふさわしい詩作品を置いたのは、詩人としての彼の本領をより際立たせたいという、著者の願いの表われです。「アンパンマンのマーチ」の作詞も、もちろんやなせたかし自身です。

     さて、日本じゅうで愛されているアンパンマンの人気の秘密――。本書には、アニメの「アンパンマン」を成功させたテレビプロデューサーの話が出てきます。それ以前にもテレビ化の企画は浮上していましたが、「いまの子どもたちには、こういう地味なものはうけないよ。ヒーローは、かっこよく敵をやっつけないと人気が出ないからね」という反対論に押し潰され、実現には至りませんでした。今回も難しいだろうと、やなせさんは思っていました。実際、たいへん険しい道のりでした。本来なら、とうにあきらめてもいいはずなのに、このプロデューサーは粘りました。

    〈「どうしてそんなに熱心なの?」
     たかしがきくと、その人は言いました。
    「ある日、子どもがかよっている幼稚園にいったら、たくさんある絵本の中で、一さつだけ、手あかがいっぱいついて、ぼろぼろになっているものがありました。それが、アンパンマンの絵本だったんです」
     ぼろぼろになっていたのは、おおぜいの子が、何回もくりかえし読んだからでした。
    「みんな、こんなにアンパンマンが好きなんです。テレビアニメにしたら、ぜっ
    たいに人気が出ます」〉

     子どもたちがとっかえひっかえページをめくったので、この1冊だけがボロボロになっていたのです。その絵本を見た瞬間に、テレビマンに“何か”が閃(ひらめ)きます。見る人をなごませ、明るい気持ちにしてくれる主人公。強くてかっこいいヒーローではないけれど、お腹をすかせた人たちのために、自分の顔を食べさせるという正義の味方は、これまでにないキャラクターでした。

     それに先立つこと10数年前、54歳の時に初めて『あんぱんまん』という絵本を書きました。評判は芳しくありませんでした。「マントはぼろぼろだし、ヒーローなのにちっともかっこよくない」、「顔を食べさせるなんて、ざんこくだ」といった批判を浴びました。

    〈でも、たかしがこの絵本でいちばんえがきたかったのは、おなかをすかせた人に顔を食べさせたアンパンマンが、元気をなくしてふらふらになるところだったのです。そこには、
    (正義をおこない、人を助けようとしたら、自分も傷つくことをかくごしなけれ
    ばならない)
    という考えがありました。
    (自分の食べものをあげてしまったら、自分が飢えるかもしれない。いじめられている人をかばったら、自分がいじめられるかもしれない。それでも、どうしてもだれかを助けたいと思うとき、ほんとうの勇気がわいてくるんだ)
     アンパンマンの評判が悪くても、たかしはこの考え方をかえませんでした〉

     顔が濡れただけで力が抜けてしまう。武器は何ひとつ持っていません。誰かに顔を食べさせたら、毎回、ジャムおじさんに作り直してもらわなければなりません。それでも、困っている人がいれば、自分の危険もかえりみず、必ず「君を助ける」ために飛んでいく――。このようなヒーローの着想は一体どこから生まれてきたのでしょう。

    「人はなぜ、なんのために生きるのか」。やなせたかしの魂の遍歴を、本書はいつくしむように描きます。

     やなせたかしという名前には、早くからなじみがありました。1964年から67年にかけて、NHKテレビで毎週月曜日夕方6時から放送された「まんが学校」を見ていたからです。まだ白黒時代のテレビ創成期。若手(!)落語家の立川談志が司会を務めるクイズ番組で、オープニングに漫画の描き方を子どもたちに教えるベレー帽のおじさんというのがやなせさんのイメージです。

     ところが、実際のやなせさんの作品に触れる機会はありませんでした。当時、漫画雑誌で人気を誇った手塚治虫、横山光輝、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、ちばてつやといった漫画家たちとはまったく違う道を行く人でした。「遅咲きだった」という言い方を、やなせさん自身は好みます。

    「ぼくはポツンと取り残されていて、華やかな一群の後方はるかに置き去りにされた」、「ぼくは漫画集団員ではあったが、ほんの片隅の見えない星屑にすぎなかった」(『アンパンマンの遺書』岩波現代文庫)。

    「手のひらを太陽に」というやなせさん作詞のヒット曲は、「もともとは、たかしが自分をはげますためにかいたものだった」と聞くと、納得のいく思いがするのです。

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    1.  ところで、本書を読む前に、たまたま門田隆将氏の『慟哭の海峡』(角川書店)を読み、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡で戦死したやなせさんの弟、千尋(ちひろ)さんのことを知りました(1944年12月、23歳没)。

      「アンパンマンの顔を描くとき、どこか弟に似ているところがあって、胸がキュンと切なくなります」とやなせさん自身が語っているように、弟には格別な思いを終生抱き続けました。「千尋があの時、死なないで生きていたら」と思い出してはしょっちゅう口にしていたらしく、2年前に亡くなる直前にも、先に逝った最愛の妻と、弟の名を呟いて、「ありがとう、ありがとう、ありがとう……」と言葉を続けたというのです。

      〈「兄ちゃんといっしょでなければいや」
      と言って、いつもくっついてきた弟は、ひとりで遠くへいってしまったのです。
      (なぜちひろが死んで、ぼくだけが生きのこったのだろう。ちひろは、ぼくなんかよりずっと優秀だったのに。ハンサムで明るくて、みんなに好かれていたのに)
       たかしは、ちひろのお墓の前に立って話しかけました。
      「いったいきみは、何をしたかったのだろう。きみのかわりにやるとすれば、ぼくは何をすればいいのだろう」〉

       門田氏の著書には、先ほどのテレビプロデューサーの証言も出てきます。「アンパンマンと千尋さんって、ちょっとダブっている気がするんです。(中略)先生は、千尋さんの顔をアンパンマンに重ねあわせていて、たぶんアンパンマンが生まれた時に、そういうイメージが先生にあったのではないでしょうか」。そして、やなせさん独特の正義感についても語っています。

      「子供たちに“正義というのは大事なんだよ”ということを、アンパンマンを通して教えていく、という先生のメッセージは一貫していたような気がします。自己犠牲というか、頭を、お腹が空いてる子供たちにあげて、そして、自分はそれでいいんだ、というような犠牲的精神を、アンパンマンはいつも持っています。(中略)もしかしたら、やなせさんには、弟さんのことを思っている部分がどこかにあって、それを引き継いでいるのかもしれないんだ、と思います」

       ところで、本書の著者である梯久美子さんは、太平洋戦争で壮絶な戦場となった硫黄島玉砕時の総指揮官・栗林忠道中将を描いた『散るぞ悲しき』(新潮文庫)で2006年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。それを喜んだやなせさんは、自らが編集長を務めていた「詩とファンタジー」に梯さんを招いて対談します。そこで自らの戦争体験や、千尋さんの話を初めて梯さんに語ります。もっとも、梯さんとのそもそもの縁の始まりは、ずっと昔にさかのぼります。

      〈わたしは、小学生のときに「やさしいライオン」の映画を見て感動し、高校生のころから、やなせ先生が編集長をされていた『詩とメルヘン』に、詩をかいておくるようになりました。何度か掲載されたのがうれしくて、大学を卒業すると、上京して『詩とメルヘン』を出版している会社に就職し、やなせ先生のもとで働くようになったのです〉(本書「あとがき」より)

      〈やなせ先生は、学校の先生をしたことはないけれど、みんなが自然に「先生」とよびたくなる人でした。この先生は、けっしていばらないし、ああしろ、こうしろとも言いません。いつもだまって自分の仕事をしています。でも、だれかが元気をなくしたり、ピンチに立たされたりすると、かならず助けの手をさしのべてくれるのです。とてもさりげなく、そして、少しはずかしそうに〉(同)

       30年間も編集長を務めた「詩とメルヘン」と、それを引き継いだ「詩とファンタジー」に関わった人たち(寄稿者、編集者、読者など)を一堂に集めたパーティを、やなせさんは毎年、自前で開催しました。初回は75人だったのが、最後の頃は200人を超えたその会は、名づけて「星屑同窓会」――。

      「詩とメルヘン」では、毎号選に洩れた詩を5、6篇、小さく掲載するページがありました。モノクロの地味な体裁ですが、一篇一篇にやなせさん自身がさし絵をつけました。「小さな活字でも、載るとうれしいでしょ」というので、「星屑ひろい」と命名されました。大きく輝く星だけではなく、見過ごされる星屑にも目をとめようという編集長のはからいです。

      〈わかくて無名でまずしくて、でも、何かになりたいというこころざしをもった人に、やなせ先生はほんとうにあたたかかった。きらめく才能よりも、いっしょうけんめいさをたいせつにして、「天才であるより、いい人であるほうがずっといい」と、よくおっしゃっていました〉

       先月13日がやなせさんの3回忌でした。8月には、戦後初めてバシー海峡戦没者の大規模な慰霊祭が、台湾の最南端で行われました。本書の刊行が、戦後70年のタイミングに重なったのも、何かの符合かもしれません。

      「考える人」編集長 河野通和(こうのみちかず)

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  39. [晴れ時々]吉本ばななさん(51) 作家<上>子連れで国内外の出張も
    2015年11月1日3時0分

     作家の吉本ばななさんが、子育てや親の看取みとり、自身の今後について語ってくれました。2回にわたり紹介します。(聞き手・樋口郁子)

     ――今も子育て中ですね。

     「39歳で出産し、息子は今年、中学校に入りました。どちらかというとインドア派の子。中学生になると帰宅時間も遅くなるけれど、息子が帰る時には家に誰かいるようにしています。大変だけど、作れる時はお弁当も作ります」

     ――小さい頃は自宅で子育てをしたそうですが。

     「待機児童が多くて保育園に入れなかったので。役所の人も、『ご自宅でお仕事だと、ちょっと難しいですね』という感じ。今もあまり状況は変わっていないようですね。友人の紹介でベビーシッターを4人お願いし、ローテーションでみてもらいました。誰も来られない時は子連れで仕事に行ったり。国内外の出張も多く、年がら年中、色々な所に連れて行きました」

     ――ご主人も協力を?

     「頼めば、おむつ替えも食器洗いもいとわずにやってくれます。息子の幼稚園は夫の職場の近くだったので、毎朝、車で送っていました」

     ――今の社会で、子育ては大変だと思いますか。

     「子どもの数が少なく、『いなくて当たり前』みたいな雰囲気があるところは大変だと思います。昔は、電車内ではベビーカーを折りたたむべきか否かで論争もあった。私は腰を痛めていて、ベビーカーがたためなかったので、周囲の人に事情を説明したこともありました。そうしたら手伝ってくれた人もいて、冷たい人ばかりでもなかった」

     ――国は、出生率を上げようと必死ですが。

     「東京では、共働きじゃないと家も借りられないこの状況で、上がるはずがないですよね。都内のある区では、子どもを持つと家賃が月5万円補助されるとかで、友人が何人か引っ越しましたが、そういう支援がもっと必要。税金が高くなっても、人々に返るものがあれば耐えられる」

      よしもと・ばなな  1964年、東京生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。87年「キッチン」で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30か国以上で翻訳出版されている。近著に「鳥たち」「サーカスナイト」「ふなふな船橋」などがある。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20151031-118-OYTPT50421

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    1. [晴れ時々]吉本ばななさん(51) 作家<下>父の死 覚悟できていた
      2015年11月8日3時0分

       ――3年前にご両親を相次いで亡くされましたね。

       「2012年の春に父(評論家・吉本隆明さん)が、秋に母が亡くなりました。父は肺炎で入院中で、たまたま周りに誰もいない時に逝きました。『最期はみんなに囲まれて』というのが嫌いなタイプだったので、そういう時を選んだんだと思います。母は老衰で、ある朝、家で静かに亡くなっていました」

       ――大変でしたね。

       「悲しくないと言えばうそになりますが、父に関しては、ある意味、覚悟はできていました。1996年に、伊豆の海で溺れて入院したことがあり、その後、急激に弱くなったので。母は、もう少し先かと思っていたので、びっくりしました。本人が望む形の最期だったので、それは良かったのかなと思います」

       ――お姉さん(漫画家のハルノ宵子さん)がご両親をみていらしたんですね。

       「姉が実家で同居していて、私は週1回、会いに行くのと、経済面で支援をしていました。父の時は、そろそろ介護保険を使おうかと考えているうちに入院して亡くなったんですが、母の時には、姉もいろいろ学んで、ヘルパーさんを頼んだりしていたようです」

       ――ご自身の老後は。

       「自由業なので、やはり経済面が不安。常に積み立てとか、備えをしています。作家に定年はないけれど、お金のために依頼を受けて書くのは、60歳までと思っています。そこから先は、自分のペースで、書きたいものを書き続けたい」

       ――どんなものを?

       「今、書きたいのは人間関係とお金。最近、時代の風潮か、お金のことで関係がだめになったという話を身近によく聞くので、なぜなのかを書いてみたい。芸術作品より、生き方というか、読者にとって実用性のある小説を書きたいです」

       (聞き手 樋口郁子)
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20151107-118-OYTPT50443

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    2. >姉が実家で同居していて、私は週1回、会いに行くのと、経済面で支援をしていました。父の時は、そろそろ介護保険を使おうかと考えているうちに入院して亡くなったんですが


      どんだけ金かかるボッタクリ医療機関にはまっていたのかと…

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  40. 2015.10.25 SUN
    「だまし絵」12選──人はなぜ、そう錯覚するのか
    http://wired.jp/2015/10/25/optical-illusions/

    >まだすべてが科学的に解明されていない謎が多い「錯視の世界」。ゲオルク・リュシュマイアーの著作『The New Book of Optical Illusions 』から、その根拠と歴史とともに、いくつかの錯視を紹介。

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  41. 図形見分けるウマの能力、チンパンジーに近い
    2016年01月21日 07時41分

     京大霊長類研究所(愛知県犬山市)の友永雅己准教授(比較認知科学)らの研究グループが世界初となるウマの知覚能力を探る研究を行い、図形を見分ける能力がチンパンジーやイルカと似通っていることを明らかにした。

     英国科学誌の電子版に発表した研究成果によると、研究は、2014年4月から15年7月まで岐阜県各務原市の乗馬体験施設で行った。3頭のポニーを大型タッチパネル(42インチ)の前に立たせ、○△□×や半円、H、S、Zの計8種類の“図形”から2種類を同時に表示し、正解に設定した図形を口でタッチして選ぶと、ご褒美のニンジンがもらえるルールを覚えさせた。

     そのうえで、計28組のすべての図形の組み合わせを使って、延べ2200回のテストを行ったところ、3頭の平均正解率は約85%。○と×の組み合わせはほぼ100%の正解率だったが、△と□は約60%、Zと△では約70%にとどまるなど組み合わせによって、正解率が異なった。

     これは、△と□は閉じた図形、Zと△は斜線の図形と認識し、同じ共通要素をもつものと判断して間違ったと考えられる。こうした傾向は、過去にチンパンジーやイルカで行った研究結果と共通しているという。

     友永准教授は「森林の高いところに暮らすチンパンジー、視覚よりも超音波で水中を認識するイルカ、視野が非常に広いウマは、それぞれ進化の過程で独自の視覚能力を発達させてきた。それにもかかわらず、同じ哺乳類として、見える世界が基本的に似ているのは驚き」と話し、今後、さらにウマの知性の研究などに取り組んでいきたいとしている。

     (大隅清司)
    http://www.yomiuri.co.jp/science/20160118-OYT1T50128.html

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    1. 鵜呑みしていいのかなあ…(笑)。

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    2. もうさ、「京大霊長類研究所」なんておとりつぶししちゃったほうがよいと思うよ…

      糞な成果しか出せてない… 

      そんなのは個人の趣味でやってりゃいいことだ…

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  42. 仮想現実でイメージトレーニング…NTTが開発
    2016年02月17日 08時59分

     NTTは16日、仮想現実(バーチャル・リアリティー)でスポーツのイメージトレーニングができるシステムを開発したと発表した。

     実際にプレーしているような臨場感が特徴で、野球やサッカー、テニスなど幅広い種目に対応できる。2016年度中の実用化を目指す。

     ゴーグル型の端末を着用すると、実際の映像とコンピューターグラフィックス(CG)を組み合わせて再現した球場などにいる感覚を体感できる。野球の場合、投手が投げるボールの軌道を立体的に体感できるほか、バッターボックス内で立ち位置を変えても、目線の変化に応じてボールの動きなどを修正する。試合が行われる球場やグラウンドなどの状況を再現し、事前に体験することも可能で、試合前の緊張をほぐす効果も期待できるという。オリンピック選手の育成にも活用したい考えだ。
    http://www.yomiuri.co.jp/economy/20160217-OYT1T50031.html

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  43. ネズミ、3まで数を認識…特定の物数える能力も
    2016年7月24日10時23分

     ネズミが数を「3」程度まで正確に認識し、特定の物を選択して数える「数え分け」もできることを初めて証明したと、金沢大人間社会研究域の谷内通教授(学習心理学)の研究チームが発表した。

     研究成果は米国の学術雑誌で公表された。

     実験は、ドアのついた10個のブースを用意し、6個のブースを選んで前に物を置き、そのうち左から3番目に入った時だけエサを食べられるようにした。その結果、7匹のうち5匹は、500~1200回の練習でほぼ正確にエサにたどり着けるようになった。

     ドアの前に置く物を急に別の物に変えたり、物を置くブースを4か所や5か所に変えたりしても、ネズミは多くのケースで「物が置かれたブースのうち左から3番目」に入った。エサを複数のブースに入れてもやはり3番目を選んだことから、においや位置に反応しているわけではなく、数を認識していることが分かった。

     さらに、6か所のうち1か所だけ別の物を置く方法で実験を行ったところ、3匹のうち2匹はすぐに、7割の確率で別の物が置かれた1か所を除外し、3番目のブースに入るようになった。数える対象を柔軟に切り替える能力があることが証明できたという。

     数を認識する動物では、サルなどの霊長類やカラス、オウムなど鳥類の一部が知られているが、谷内教授は「ネズミも数の高度な認知が可能であることを明確に証明できた。数の認知に関係する脳機能の解明につながることが期待される」と話している。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160724-118-OYT1T50020

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  44. 「股のぞき」の錯覚を研究…イグ・ノーベル賞
    2016年9月23日11時12分

     【ケンブリッジ(米マサチューセッツ州)=三井誠】腰を曲げて股の間から逆さまに風景を見ると平面的な絵画のように見えるのはなぜか――。

     そんな研究に取り組んだ立命館大の東山篤規あつき教授(65)(心理学)と大阪大の足立浩平教授(57)(行動統計科学)の2人が、ユーモアあふれる研究をたたえる米国の「イグ・ノーベル賞」の知覚賞を受賞した。22日、米ハーバード大で行われた授賞式で発表された。日本の研究者の受賞は、2007年から10年連続になる。

     股の間から見る「股のぞき」は、観光地などで通常とは違って見える景色を楽しむために試したりするが、専門家の間では風景に奥行きがあまりないように見えることが知られている。

     東山教授らは、2・5~45メートルの5か所に障害物を置き、距離を正しく把握できているかどうかを実験。股のぞきをすると、遠くに置いたものが近くに見えるように錯覚することが確認できた。この錯覚は、通常の姿勢で風景が上下逆さまに見える眼鏡(逆さ眼鏡)をかけた時は起きなかったが、逆さ眼鏡をかけて股のぞきをして風景が上下正しく見えていても確認できた。東山教授は「錯覚は風景の逆転によるものではなく、頭が逆さまになることが原因だ」と結論づけた。頭が逆さまになることで錯覚が起きる理由については、まだ解明されていないという。

     授賞式で登壇した東山教授はまず、股のぞきを実践して、会場を爆笑で包んだ。股のぞきの実践は、ほかの受賞者が笑いを取っているのを見て、直前に決めたという。その後、「股のぞきでは奥行きが縮む。このメッセージを帰って家族に伝えてください」と会場に呼びかけ、再び笑いを誘っていた。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160923-118-OYT1T50018

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    1. 9月23日 よみうり寸評
      2016年9月23日15時0分

       霧の中から、不意に朽ちた船があらわれ…。幽霊船を恐れる怪談は世界各地にある◆民俗学者の関山守弥氏は昭和半ば、長崎県五島の漁師から幽霊船を見破る方法を教わり、著書に書き留めた。「股のぞき」だという。その格好で海の景色を逆さまにして見ると、本物の船は十字形の帆柱の先が出て見えるのに、あの世から来た船は先が見えない…と(『日本の海の幽霊・妖怪』中央公論新社)◆古代よりの伝承を否定することになるかもしれないが、それも科学の宿命に違いない◆風変わりな研究をたたえる今年のイグ・ノーベル賞が、「股のぞき効果」に贈られるという。東山篤規・立命館大教授、足立浩平・大阪大教授の共同実験で、直立姿勢で見たときより、平らで奥行き少なく景色を感じることが突き止められたそうだ◆帆柱の十字は股の間から見れば、「T」に映るのだろうか。漁師さんがこの研究を知ったとして、がっかりはしないような気がする。わたしたちのずいぶん身近な場所に、別世界は広がるのである。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160923-118-OYTPT50273

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    2. イグ・ノーベル賞に「股のぞき」研究 立命館大の教授ら
      9月23日 12時15分

      ノーベル賞のパロディーとしてユニークな研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式がアメリカのハーバード大学で行われ、頭を逆さにして両足の間から見る「股のぞき」によって物の見え方が変化することを実験で示した立命館大学などの研究者が「知覚賞」に選ばれました。

      「イグ・ノーベル賞」は、1991年にノーベル賞のパロディーとしてアメリカの科学雑誌が始めた賞で22日、アメリカのハーバード大学で授賞式が行われました。
      このうち「知覚賞」は、頭を逆さにして両足の間から見る「股のぞき」によって、物の見え方が変わることについて調べた立命館大学の東山篤規教授と大阪大学の足立浩平教授が受賞しました。

      東山教授らは、「股のぞき」をすると物の大きさは実際よりも小さく、距離は近くに見え、奥行きがなくなったように感じることを実験で確認しました。
      そのうえで、180度逆さに見えるめがねをかけて実験したところ、物の大きさや距離の見え方は変わらなかったことから、見え方の変化は、目から入る情報よりも、体を逆さにする感覚の変化によるところが大きいこともわかりました。

      日本人の受賞は10年連続で、東山教授は授賞式で「股のぞき」を披露したうえで、「小さく、縮んで見える」と述べ喝采を受けていました。
      東山教授は「これまでほめられることがなかったので受賞は驚きました。研究はパズルを解いているようなもので、まだわからない体の感覚についてもっと調べていきたい」と話しています。

      イグ・ノーベル賞を主催しているマーク・エイブラハムズさんは、「股のぞきの研究は、全く誰も考えてみたこともないような研究で、笑いを誘うとともに、考えさせられ、つい友だちに話したくなるという、イグ・ノーベル賞にぴったりの研究だった」と評価しています。
      また、日本からの受賞が10年間続いていることについて「日本はイギリスと並んで、ほかの国だと排除されてしまうような、本当に突拍子もない研究が次々と出てくる国だと思う。ほかの人と全く異なる発想の研究を尊重する風土があるのではないか。これからも突飛な研究をどんどん生み出して欲しい」と話しています。

      ほかの受賞研究は

      イグ・ノーベル賞は、「人を笑わせ、そして考えさせる」、独創的でユニークな研究をたたえるもので、ことしは日本人の研究者が受賞した「知覚賞」を含めて10の部門に贈られました。

      このうち、「物理学賞」は白い馬がアブに刺されにくく、トンボが黒い墓石に引きつけられてぶつかって死ぬ理由を明らかにしたハンガリーなどの研究者が受賞しました。

      また、「心理学賞」は1000人のウソつきにどれくらいの頻度でウソをつくのか尋ね、その答えが信じられるか決める研究を行ったベルギーやオランダなどの研究者が、「医学賞」は体の左側がかゆいときには鏡を見ながら右側をかくとかゆみが治まることを示したドイツの研究者が受賞しました。

      一方で、「化学賞」は、規制値を超える自動車の排ガスの問題について検査の際、排ガスの量を自動的かつ機械的に下げることで解決したとして、去年、排ガス規制を逃れるために不正を行っていたことが発覚した、ドイツの大手自動車メーカー、フォルクスワーゲンに贈られましたが、授賞式には姿を見せませんでした。

      「股のぞき」の研究とは

      頭を逆さにして両足の間から見る、「股のぞき」を行う場所としては京都府宮津市にある日本三景の1つ、天橋立が広く知られ、股のぞきをすると海にかかる橋が空に浮かんでいるように見えることから観光の名物となっています。

      立命館大学の東山篤規教授は、天橋立のように股のぞきをした場合、物の見え方がどう変わるのか、さまざまな距離の地点に置いた三角形の板の大きさと板までの距離を実験に参加した学生たちに推定してもらいました。

      その結果、股のぞきで見ると、たとえば45メートル離れた場所に置いた高さおよそ1メートル60センチの板は80センチほどと小さく見え、距離もやや近く感じることが分かりました。
      一方で、風景が180度逆さに見える特殊なめがね「逆さめがね」を使って見た場合には、大きさや距離の見え方は、股のぞきをしたときほどの変化はなく、通常見る場合とほぼ変わりませんでした。

      このことから東山教授は、見え方の変化は目から入る情報よりも体を逆さにすることによる「感覚の変化」によるところが大きいことがわかったとしています。さらに、逆さめがねをかけたうえで、股のぞきをして見える風景は天地は逆転せず、通常見ているものと同じですが、その場合でも大きさは小さく、距離も近くに見えたということで、東山教授は体の感覚の変化によって見え方が変わることがはっきりしたとしています。

      東山教授は「当初は、見え方が変わるのは、視野が180度逆になるためではないかと考えていたが、体を曲げることのほうが大きな要因になっていると分かったのは意外だった」と話しています。
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160923/k10010703991000.html

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    3. 股のぞきで受賞の東山氏「なんでという気持ち」
      2016年9月30日7時39分

       股の間から逆さまに見ると風景が平面的に見える――。

       日本三景「天橋立」(京都府宮津市)で知られる「股のぞき」で起きる錯覚を研究し、今年の「イグ・ノーベル賞」(知覚賞)を受賞した立命館大の東山篤規教授(65)(心理学)が29日、同大学衣笠キャンパス(京都市北区)で記者会見した。東山教授は「受賞するとはまったく思わず、『なんで』という気持ち」とユーモアたっぷりに語り、実際に股のぞきを披露して会場を沸かせた。

       東山教授は、1990年代から姿勢が変わるとものの見え方が変わる錯視について研究し、2006年、股のぞきで風景を見ると、遠くのものが近くに見えるように錯覚することを論文で発表した。当時、国内の学会では無反応だったが、欧州での関心が高く、今回、大阪大教授とともに受賞した。

       東山教授は、今回の研究を「役に立つものではなく、自分が楽しければよかった」と振り返り、受賞について「イグ・ノーベル賞は威張った先生(研究者)を呼んで、市民が科学の楽しさを分かち合う試み。重みはないが、そこが明るくていい」と笑顔で話した。

       妻が舞鶴市出身で、天橋立には何度も訪れているといい、「距離だけでなく、海が空に見える錯覚も起こす。こんな場所はほかにはない」と称賛。妻からは、今回の研究について、「おもしろい。あんたプロやわ」と褒められたという。

       東山教授は今後について、「股のぞきの錯覚は重力が関係している可能性がある。無重力で調べてみたい」と語り、科学を勉強する子どもたちに向けて「堅苦しく考えず、楽しく学んでほしい」とエールを送った。

       会見には約30人の報道陣が集まった。東山教授は10月3日から始まるノーベル賞にかけ、「イグノーベル ノーベルまでの命かな」と皮肉たっぷりな川柳を披露。会見後、教室に移ってゼミの学生たちと一緒に股のぞきを実演し、学生たちから大きな拍手が起きた。

       今回の受賞を記念した講演会が10月20日午後4時半から、衣笠キャンパス以学館2号ホールで行われる。無料。申し込み不要で先着順、定員は480人。問い合わせは文学部(075・465・8187)。(林華代)

       ◆イグ・ノーベル賞=まじめでユーモアあふれる科学研究を表彰する賞で、1991年に創設された。「イグ」には「反対の」という意味があり、「裏ノーベル賞」とも呼ばれる。授賞条件は、まず人を笑わせ、考えさせること。2007年から10年連続で日本人が受賞している。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160929-118-OYT1T50156

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    4. 股のぞき 笑顔のぞく・・・イグ・ノーベル受賞 =京都
      2016年9月30日5時0分

       ◇立命大・東山教授会見

       股の間から逆さまに見ると風景が平面的に見える――。日本三景「天橋立」(宮津市)で知られる「股のぞき」で起きる錯覚を研究し、今年の「イグ・ノーベル賞」(知覚賞)を受賞した立命館大の東山篤規教授(65)(心理学)が29日、同大学衣笠キャンパス(北区)で記者会見した。東山教授は「受賞するとはまったく思わず、『なんで』という気持ち」とユーモアたっぷりに語り、実際に股のぞきを披露して会場を沸かせた。(林華代)

       東山教授は、1990年代から姿勢が変わるとものの見え方が変わる錯視について研究し、2006年、股のぞきで風景を見ると、遠くのものが近くに見えるように錯覚することを論文で発表した。当時、国内の学会では無反応だったが、欧州での関心が高く、今回、大阪大教授とともに受賞した。

       東山教授は、今回の研究を「役に立つものではなく、自分が楽しければよかった」と振り返り、受賞について「イグ・ノーベル賞は威張った先生(研究者)を呼んで、市民が科学の楽しさを分かち合う試み。重みはないが、そこが明るくていい」と笑顔で話した。

       妻が舞鶴市出身で、天橋立には何度も訪れているといい、「距離だけでなく、海が空に見える錯覚も起こす。こんな場所はほかにはない」と称賛。妻からは、今回の研究について、「おもしろい。あんたプロやわ」と褒められたという。

       東山教授は今後について、「股のぞきの錯覚は重力が関係している可能性がある。無重力で調べてみたい」と語り、科学を勉強する子どもたちに向けて「堅苦しく考えず、楽しく学んでほしい」とエールを送った。

       会見には約30人の報道陣が集まった。東山教授は10月3日から始まるノーベル賞にかけ、「イグノーベル ノーベルまでの命かな」と皮肉たっぷりな川柳を披露。会見後、教室に移ってゼミの学生たちと一緒に股のぞきを実演し、学生たちから大きな拍手が起きた。

       今回の受賞を記念した講演会が10月20日午後4時半から、衣笠キャンパス以学館2号ホールで行われる。無料。申し込み不要で先着順、定員は480人。問い合わせは文学部(075・465・8187)。

       ◆イグ・ノーベル賞 まじめでユーモアあふれる科学研究を表彰する賞で、1991年に創設された。「イグ」には「反対の」という意味があり、「裏ノーベル賞」とも呼ばれる。授賞条件は、まず人を笑わせ、考えさせること。2007年から10年連続で日本人が受賞している。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160929-119-OYTNT50126

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    5. 日本の研究者 好奇心旺盛…イグ・ノーベル賞10年連続受賞者
      2016年9月29日15時0分

       ユーモアあふれる研究に贈られる米国の「イグ・ノーベル賞」の今年の受賞者が22日発表され、日本の研究者が10年連続の受賞を果たした。賞の主催者で科学雑誌「ユーモア科学研究ジャーナル」編集長のマーク・エイブラハムズさん(60)=写真=に、日本の連続受賞の背景などを聞いた。(米マサチューセッツ州ケンブリッジ 三井誠、写真も)

       ――受賞者の多い国とその理由は。

       「米国のほかに、多くの受賞者を出しているのは日本と英国だ。両国に共通するのは、とっぴなことをする人たちを受け入れ、さらに誇りに思う文化があることだ。ほかの多くの国は、変わったことをする人に困惑し、追い出そうとする」

       ――日本の研究者の特徴は何か。

       「日本人は、好奇心が旺盛で一心不乱に研究に取り組む。まるで、自分が興味を向けたこと以外、ほかの世界がなくなったかのような集中力だ。自分の関心があることが、ほかの人にとってはどうでもいいことだったとしても、それでも良いじゃないかと私は思う」

       ――印象に残っている日本の受賞者は。

       「日本の過去の受賞では、カラオケを発明した井上大佑さん(2004年・平和賞)や、自分の食事を記録し続けた中松義郎さん(05年・栄養学賞)が印象に残っている。最近の10年では、パズルを解く粘菌の能力の発見などで2回受賞した中垣俊之さん(08年・認知科学賞、10年・交通計画賞)が世界を驚かせた」

       ――すぐに成果の出る研究が世界的に重視されていると聞くが、どう思うか。

       「それは残念なことだ。目先のことに注目すると、将来の可能性を削ることになる。しかし、そんな環境でも、賢明な研究者はなんとかやりくりをして、人を笑わせて、考えさせる研究成果を出している。そういう研究がイグ・ノーベルを受賞している」
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160929-118-OYTPT50171

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  45. 「ゲーム世界一」嘘だった…朝日と上毛新聞掲載
    2016年9月28日6時8分

     朝日新聞社と群馬県の上毛新聞社は27日、同県太田市の臨時職員の男性(23)が海外のゲーム大会で優勝したと報じた同日付朝刊の記事が虚偽だったとして、記事を削除するとともに、謝罪のコメントを出した。

     問題の記事は、臨時職員の男性が、20~21日にフランスで開かれたゲームの国際大会に参加し、対戦型格闘ゲームの部門で優勝したという内容。上毛新聞は「上毛スポーツ」で、朝日新聞は群馬版でそれぞれ掲載した。

     男性は26日に市役所で記者会見を開き、優勝を報告したが、翌日、記事に対する疑問の声が寄せられた。同市が男性を問いただしたところ、渡仏しておらず、虚偽と認めた。

     朝日新聞社広報部は「記者会見と、配布資料をもとに書きましたが、同市の調査で虚偽だったことが明らかになりました。弊社の確認が不十分でした。読者のみなさまにおわびするとともに、記事を見出しとともに削除します」とのコメントを出した。

     上毛新聞社はホームページに「事実無根だったことが分かりました。読者の皆さまに深くおわび申し上げます」と掲載。清水直樹編集局次長は「記者会見を基に記事にしましたが、確認作業が不十分でした。詳細は28日付の紙面でご説明いたします」と話した。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20160928-118-OYT1T50004

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  46. 生起する現象と、要因と相関関係と、因果関係…

    順番を間違えると、ときにトンデモにのめりこむ…

    ①「現象」と何らかの因子が相関関係になっていることを発見する
    ②因子がその現象の「原因」であると判定(確定)する
    ③「現象」に対する「原因」因子であると「因果関係」づける

    じつはそこに「因果関係」はない…

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  47. >ルイセンコ学派のノミ学者がノミの科学実験を行った…
    https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B3%E5%AD%A6%E6%B4%BE%E3%81%AE%E3%83%8E%E3%83%9F%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%8C%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F

    とても手放しには笑えない話…

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  48. 11月24日 編集手帳
    2016年11月24日5時0分

     迎える宴会シーズンの余興に加えてもいいかもしれない。コインでもアメ玉でもガラス瓶いっぱいに詰め込み、一番近い数を言い当てた人が賞品として受け取れるとする◆誰が当てるかは時の運だが、確実に正解に近づく方法ならある。まず個々の参加者が周囲に惑わされず、一人で答えを考える。次に答えを持ち寄って平均すると、個々の答えのばらつきにかかわらず、ほぼ必勝と言える精度に至る◆物理学者レン・フィッシャー氏の「群れはなぜ同じ方向を目指すのか?」(白揚社)にあった。正解のある問題で、ガラス瓶で言えば重さや見た目といった相応の情報がもたらされる場合には、個々人の考えを集めた「集団の選択」に間違いはないという◆仏ルイ16世の革命裁判でも、公正な審理を求めた数学者が、独立した陪審員による多数決を提案した。それは退けられたが、集団の選択を社会にどう反映させるかは、今も変わらぬ難題だ◆英国の国民投票や、米大統領選の後だけに強く思う。瓶の中身のような正解はなくとも、まずは周囲に惑わされず、相応の情報を集めてじっくり考えることから始めたい。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20161124-118-OYTPT50032

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  49. [サイエンスView]見た目にだまされて
    2016年11月27日5時0分

     見る角度によって同じ立体が全く違う形に見えたり、実際は下り坂なのに上り坂に見えてしまったり……。人間の目は時に、不思議な勘違いを起こす。こうした錯覚は「錯視」と呼ばれ、身近な場面でも起きている。錯視のメカニズムに迫る。(笹本貴子)

    ■好きな形 勝手にイメージ

     かまぼこ形の車庫の屋根を鏡に映すと、くねくね曲がったじゃばら形に変身してしまう。まるで手品のようだ。

     実はこの屋根は、じゃばらでもかまぼこでもなく、ぎざぎざのゆがんだ瓦のような形をしている。独特の形は、ある角度から見ればじゃばら、別の角度から見ればかまぼこに見えるよう、巧妙に計算されたもの。杉原厚吉・明治大特任教授(数理工学)が錯視の効果を利用して作った。

     杉原教授によると、人間が立体の形を認識する過程は、〈1〉目に見える立体を、いったん2次元の「画像」として認識する〈2〉この画像を基に、脳が立体の向きや奥行きなどの形を推測し、3次元の立体として復元する――という2段階に分かれる。〈2〉の段階で脳が勘違いして錯視が起こる。

     では、脳はなぜ勘違いするのか。一川誠・千葉大教授(実験心理学)によると、人間の脳には「好きな形」「嫌いな形」がある。例えば、直角や平面、対称性のある形は好むが、ゆがんだ形や非対称な形は嫌う。脳が2次元から3次元に復元する際、好きな形を優先するため、実際とは異なる立体をイメージしてしまうという。

     こうした錯視を利用すれば、エッシャーの「だまし絵」のような、実現不可能な立体ができる。例えば、横に並んだ二つの四角いアーチの中を、1本の棒がくぐり抜けるのは不可能だが、アーチをばらばらな方向に傾けておいて、二つのアーチが垂直に立っているように錯覚させれば、棒が二つのアーチを貫通する不思議な光景が現れる。

    ■上り坂 気づけず交通渋滞

     身近なところにも錯視はある。例えば「ミュラー・リヤー錯視」は、脳内で立体を思い浮かべる過程で起こる。同じ長さの2本の線それぞれの両端に、矢羽根のような線をつけ足すと、人間の脳は自動的に奥行きに差を感じ、遠くの線を長く、近くの線を短く感じてしまう。「つけまつげ」で女性の目が大きく見えるのはこの錯視の効果とされる。

     交通渋滞や事故に錯視が関係しているとの研究もある。武蔵野大学の友枝明保准教授(渋滞学)によると、勾配を見誤りやすい坂が実際にあり、こうした場所では上り坂が上りに見えず、知らないうちにスピードが落ちて渋滞を引き起こす。逆に、下り坂に見えない場所は、ドライバーが減速せず事故が起きやすい。

     有名なのは、高松市にある通称「おばけ坂」。本当は緩い下り坂と急な下り坂が連続した長い下りだが、ドライバーには、途中で下り坂から上り坂に転じるように見える。友枝准教授は「脳がV字形の坂道をイメージしやすいためではないか」とみる。友枝准教授は、道路脇の防音壁の模様を変えるなど工夫を施して、坂道を正しく認識しやすくする研究を進めている。

     このほか、神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮の参道も、錯視の原理を利用していると言われる。神社側に行くほど参道の幅は狭くなり、参道脇の石垣は低くなる。遠近感が強調され、参道の入り口から見ると神社は実際より遠く見える。少しでも敵から攻め込まれにくくするための工夫という。

      様々な視点で確認

     立体の錯視は、あくまで一つの視点から見た時に起こる。立体を手に取って様々な位置から眺めれば、勘違いだったことはすぐに分かる。日本科学未来館(東京都江東区)では、錯視をテーマにした企画展「数理の国の錯視研究所」を来年5月まで開いており、明治大の杉原厚吉特任教授らの作品18点が並ぶ。自分の目で錯視の仕組みを確かめてはいかが。

      ◆エッシャー(1898~1972)= だまし絵などで知られるオランダの版画家で、「視覚の魔術師」とも呼ばれる。永遠に堂々巡りする階段を描いた「上昇と下降」のほか、同じ水が回り続ける水車小屋のある建物を描いた「滝」などが代表作。元々は建築家を目指していたが、美術学校で版画の才能を見いだされてから、だまし絵に目覚めた。現実世界ではあり得ない建築物のほか、幾何学的パターンが繰り返される独特の作品を描いた。

      ◆錯視= 人間の目が、図形や立体の色や大きさ、形、模様などを錯覚し、実際とは違うように見えてしまう現象。「目の前に見えているものは実際とは違う」と分かっていても、何度でも間違いを繰り返してしまう。形や傾斜、奥行きなどを勘違いする「幾何学的錯視」のほか、静止している絵が動いて見える「運動錯視」や、月や太陽が地平線の近くにあるほど大きく見える「天体錯視」などがある。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20161126-118-OYTPT50490

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  50. [ほんの散策]自分の常識を疑う難しさ…編集委員 鵜飼哲夫
    2017年2月13日15時0分

     15年ほど前、言葉を吟味する詩人に「表現にこだわりますね?」と質問したら、嫌な顔をされた。悪気はなかったが、辞書をひくと、【こだわる】の語釈は、些細ささいなことに拘泥することとあった。「表現にこだわる」では、言葉を些細なものと考えていることになるから、さぞや困惑したはずだ。

     昨今は、ものごとに妥協せず、とことん追求するという意味で、「こだわりの味」を売る店も多い。言葉の用法が変わるのは世の習いだ。しかし、本来の用法を知らないと過去の歴史に学ぶことが出来なくなる。

     「大和魂」は、ある時期から勇猛果敢な日本男児の精神を示し、戦中の特攻作戦を想起する人も多いだろう。が、実は「大和魂」は、女性の紫式部が書いた『源氏物語』に由来し、日本古来の人間の正直な心、生きる知恵のあるさまを伝える柔らかな言葉だった。

     文芸評論家、小林秀雄の講演録をまとめた新潮文庫の新刊『学生との対話』で、小林は、「大和魂」という日本語を吟味しながら、現代の感覚で過去を裁断してはいけない、自分の常識を<疑う心>をもって古典と向き合い、<古いにしえの手ぶり口ぶりが、見えたり聞こえたりするような、想像上の経験>こそが、歴史を知ることだ、と語っている。ただ、1人で自問自答するだけでは空想に走りやすい。心を開いて語れる友人らと疑問を投げかけ合い、対話することが大切とした。

     とはいえ、対話が議論になり、相手に勝とうと声が大きくなることが多い。人は感情に縛られ、自分の常識を疑うのは口でいうほど簡単ではない。

     とても退屈な作業を長時間させられた場合、高い報酬を得た人たちと低い報酬の人で比較すると、低い人のほうが「楽しい仕事だった」と答えるという、米国の心理学者フェスティンガーの有名な実験がある。脳科学者、茂木健一郎の著書『最高の結果を引き出す質問力』(河出書房新社)によると、第三者から見れば、報酬が少ないほうがはるかにひどいのに、やった本人は、自分の不快感を解消するため、「意味のある、面白い仕事をした」と思いがちになるという。

     それは、美点ばかりが目につき大好きだった人からフラれた途端、不快さを解消するため、「あんなヤツ最低だ!」と思うのと同じ心理なのだ。だからこそ茂木さんは言う。自分の感情にごまかされないように<他人が見るように自分のことを見る>訓練が必要だ。

     他人の身になって考える精神は、いい文章を書く秘訣ひけつにもつながる。朝日新書の新刊で、ジャーナリストの池上彰さんと本紙1面コラム「編集手帳」の筆者、竹内政明さんとの対談本『書く力』で、竹内記者は、切り口を見つける訓練として「すごく悪いことをした犯人の弁護士になったら、自分はどうするか」と思考実験をするという。池上さんも、梅雨時に「週末は雨が降らないといいですね」と語った放送に、「農家では雨が降らないと困るんだ」と抗議電話があったケースをとりあげ、様々な境遇の人の思いを想定する大切さを語っている。

     作家の太宰治は1946年4月、仏文学者の河盛好蔵に送った手紙(『愛と苦悩の手紙』角川文庫に収録)で、「優」には優良可、優勝という力の優劣を示す熟語もあるけれど、「優しさ」とは、人偏に憂うると書くように、人のわびしさ、つらい事に敏感なこととし、<そんな、やさしい人の表情は、いつでも含羞はにかみであります>と記している。他人の身になって考える精神は、自分の正義感にこだわる人の表情とは対極にある。

     ただ、『書く力』の文章論を読みながら、またしても思い違いに気付かされた。「片手落ち」は、「片手・落ち」という語感を不快に感じる人が多く、あまり使われない言葉だが、これは手が行き届かない「手落ち」が片方だけにあり、配慮が足りないという意味で、差別とは無縁と初めて知った。知らないうちに日本語を冷遇していた私は、読みながら思わず赤面した。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170213-118-OYTPT50055

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  51. 記憶の固定化 解明 利根川教授 米誌に
    2017年4月7日5時0分

    海馬から信号 大脳皮質の細胞成熟

     【ワシントン=三井誠】脳内で短期的な記憶が長期的な記憶に変わって固定化される過程を明らかにしたと、米マサチューセッツ工科大(MIT)の利根川進教授と北村貴司研究員らが7日付の米科学誌サイエンスに発表する。

     研究チームは、箱の中に入れたマウスに電気刺激を与えた後、マウスがそれを思い出して身をすくめる際に、脳内で記憶を担う神経細胞がどのように働いているかを観察した。

     その結果、電気刺激の記憶は海馬かいばと大脳皮質の両方に作られるが、大脳皮質の記憶細胞は最初は未成熟で、海馬から信号を受けるなどして10日後までに成熟することがわかった。2週間後以降は、海馬の記憶細胞は働かなくなり、代わりに大脳皮質の記憶細胞だけが働くようになった。

     北村研究員は「記憶の仕組みを細胞レベルで解明することで、将来的には人間の記憶障害などの改善につなげたい」と話している。

     井ノ口馨・富山大教授(脳科学)の話「容量の少ない海馬の記憶を、大容量の大脳皮質に移すメカニズムを初めて明らかにした成果で、画期的。大脳皮質にどのように知識が蓄えられるのか、解明する手がかりにもなるだろう」
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170407-118-OYTPT50096

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    1. 脳内で記憶の固定化、過程を解明…利根川教授ら
      2017年4月7日7時4分

       【ワシントン=三井誠】脳内で短期的な記憶が長期的な記憶に変わって固定化される過程を明らかにしたと、米マサチューセッツ工科大(MIT)の利根川進教授と北村貴司研究員らが7日付の米科学誌サイエンスに発表する。

       研究チームは、箱の中に入れたマウスに電気刺激を与えた後、マウスがそれを思い出して身をすくめる際に、脳内で記憶を担う神経細胞がどのように働いているかを観察した。

       その結果、電気刺激の記憶は海馬かいばと大脳皮質の両方に作られるが、大脳皮質の記憶細胞は最初は未成熟で、海馬から信号を受けるなどして10日後までに成熟することがわかった。2週間後以降は、海馬の記憶細胞は働かなくなり、代わりに大脳皮質の記憶細胞だけが働くようになった。

       北村研究員は「記憶の仕組みを細胞レベルで解明することで、将来的には人間の記憶障害などの改善につなげたい」と話している。

       井ノ口馨・富山大教授(脳科学)の話「容量の少ない海馬の記憶を、大容量の大脳皮質に移すメカニズムを初めて明らかにした成果で、画期的。大脳皮質にどのように知識が蓄えられるのか、解明する手がかりにもなるだろう」
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170407-118-OYT1T50000

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    2. 記憶固定化する神経回路のメカニズム明らかに
      4月10日 18時27分

      日常の記憶が時間の経過とともに脳の中で長期的に固定化される神経回路のメカニズムを、理化学研究所のグループなどがマウスを使った実験で明らかにしました。グループでは「記憶の仕組みをさらに解明し、記憶障害などの治療に役立てたい」としています。

      この研究を行ったのは、ノーベル賞受賞者で、理研ーMIT神経回路遺伝学研究センターの利根川進センター長のグループです。

      グループでは、まず、マウスを箱の中に入れ、電気的な刺激を与えました。すると、マウスは、同じ箱の中に入れるだけで電気刺激の怖い体験を思い出して身をすくめる行動を取るようになり、その際、脳の中では「海馬」と「大脳皮質」という場所の2か所に記憶が蓄えられましたが、記憶をよみがえらせる際に活発に働いたのは「海馬」の神経細胞でした。

      ところが2週間後、このマウスに同じように怖い体験を思い出させると、記憶をよみがえらせるために活発に働いたのは、「大脳皮質」にある神経細胞に変わっていました。

      グループでは、記憶が固定される際には、神経回路が「海馬」から「大脳皮質」に切り替わることが明らかにできたとしていて、将来的にはPTSD=心的外傷後ストレス障害や健忘症などの治療に役立てたいとしています。
      http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170410/k10010943301000.html

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  52. 成果出すのにだいぶ難儀している感じだなあ…

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  53. 「頭が良くなる」未承認薬、個人輸入を禁止へ
    2017年6月23日9時59分

     「頭が良くなる」などの触れ込みで使われている未承認薬について、厚生労働省は22日、個人輸入を原則禁止する方針を決めた。

     国内の使用実態は不明だが、海外での調査報告などを踏まえ、健康被害や乱用のおそれがあると判断した。

     対象の未承認薬は「スマートドラッグ」と呼ばれる。本来はてんかんや注意欠陥・多動性障害(ADHD)の治療に使われる薬などで、個人輸入代行業者は、集中力向上や学習能力の改善などを宣伝している。一定の数量内なら税関の確認だけで個人輸入が可能だが、有効性や安全性は不明だ。

     今後、関係学会や団体の意見を踏まえ、個人輸入禁止対象の品目リストを作成。各税関に、医師の処方箋や指示なしでの個人輸入禁止を通知する。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170623-118-OYT1T50075

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  54. 「個人の感想」広告表示 法違反の可能性も
    2017年7月14日 23:16 日テレNEWS24

     コマーシャルなどで「個人の感想」などと表示するいわゆる『打ち消し表示』について、消費者庁は、表示の仕方が景品表示法違反となるかどうかの目安を初めて示した。

     『打ち消し表示』とは、テレビコマーシャルや新聞雑誌の広告などで、「個人の感想であり、効果には個人差がある」「場合によっては対象外になる」「○○円以上の商品に限る」などと記載することをいう。消費者庁が、新聞やテレビ、インターネットなどの広告約500点で、こうした『打ち消し表示』を調べたところ、新聞広告では、8ポイント以下の小さな文字で表示されているものが全体の約57%、動画広告では、表示時間が2秒以下のものが約42%、インターネット広告では、同一画面内に表示されないものが約25%あったという。

     また、『打ち消し表示』を盛り込んだサンプル広告を作成し、消費者に見せたところ、約8割から9割の消費者が表示を見落としたという。こうしたことを受け、消費者庁は不適切な『打ち消し表示』の仕方として、「文字が見落としてしまうほど小さい」、「文字と背景の区別がつきにくい」、「表示時間が短い」「同一画面にない」などの場合は、景品表示法違反のおそれがある、との考え方を初めて示した。

     消費者庁は事業者に対し、『打ち消し表示』をつけなくてすむような広告を作るのが原則だとした上で、やむを得ず使う場合でも、一般消費者の目に留まりやすく表示するよう求めている。また、消費者に対しては、広告全体の表示内容をよく確認するよう、呼びかけている。
    http://www.news24.jp/articles/2017/07/14/07367051.html

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  55. 15分後に大きいエサ出るから… カラスにも自制心?
    2017年7月27日15時0分

     【ワシントン=三井誠】カラスは15分後に得られる大きなエサのため、目の前にある少ないエサを無視できるとする実験結果を、スウェーデンの研究チームがまとめた。道具を使うなど高度な知能を持つカラスが、将来を見越して自制する能力もあることを示した成果で、論文が米科学誌サイエンスに掲載された。

    少ないエサ無視…スウェーデン研究チーム

     研究チームは、石を落とすと大きなエサが出る箱形の装置を使って実験。まず「ワタリガラス」と呼ばれる大型のカラスに、装置の仕組みを訓練で覚えさせた。訓練を終えたカラス3羽の前に、エサを取るのに必要な石、少量のエサ、装置に入らないT字の鉄パイプなどを並べて一つ選ばせ、その15分後に装置を出す実験を、それぞれ14回繰り返した。

     その結果、カラスは目の前のエサではなく、後から出てくる大きなエサを取れる装置に期待して、約7割の確率で石を選んだ。研究チームは、カラスの自制する能力について、「類人猿並み」と評価している。

     カラスの生態に詳しい杉田昭栄しょうえい・宇都宮大教授の話「カラスが、先を読む高度な認識力を持ち、予測した結果が有利か不利かを比較できることを示した有意義な成果だ」
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170727-118-OYTPT50300

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    1. カラスにも自制心?…エサ出る装置の実験で判明
      2017年7月28日8時0分

       【ワシントン=三井誠】カラスは15分後に得られる大きなエサのため、目の前にある少ないエサを無視できるとする実験結果を、スウェーデンの研究チームがまとめた。

       道具を使うなど高度な知能を持つカラスが、将来を見越して自制する能力もあることを示した成果で、論文が米科学誌サイエンスに掲載された。

       研究チームは、石を落とすと大きなエサが出る箱形の装置を使って実験。まず「ワタリガラス」と呼ばれる大型のカラスに、装置の仕組みを訓練で覚えさせた。訓練を終えたカラス3羽の前に、エサを取るのに必要な石、少量のエサ、装置に入らないT字の鉄パイプなどを並べて一つ選ばせ、その15分後に装置を出す実験を、それぞれ14回繰り返した。

       その結果、カラスは目の前のエサではなく、後から出てくる大きなエサを取れる装置に期待して、約7割の確率で石を選んだ。研究チームは、カラスの自制する能力について、「類人猿並み」と評価している。

       カラスの生態に詳しい杉田昭栄しょうえい・宇都宮大教授の話「カラスが、先を読む高度な認識力を持ち、予測した結果が有利か不利かを比較できることを示した有意義な成果だ」
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170727-118-OYT1T50099

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  56. 「スキナー箱」
    https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%8A%E3%83%BC%E7%AE%B1

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  57. 哲学者の中村雄二郎さんが死去…91歳
    2017年8月30日20時19分

     演劇論などジャンルを超えた活躍で知られた哲学者で、明治大名誉教授の中村雄二郎(なかむら・ゆうじろう)さんが26日、老衰のため死去した。

     91歳だった。葬儀は近親者で済ませた。後日、しのぶ会を開く。

     東京都生まれ。東大文学部哲学科卒業後、文化放送勤務などを経て明治大教授に。フランス哲学を専攻したが、その枠にとらわれることなく、「共通感覚」「臨床の知」といった独特な用語を使った思想を展開。近代合理主義のもとで軽視されがちな情念に注目した哲学を築いた。

     社会への幅広い関心から演劇論や宗教論などに取り組み、岩波書店の学術誌「へるめす」の編集同人を務めるなどして、学際的に活躍した。著書に「パスカルとその時代」「哲学の現在」「魔女ランダ考」「術語集」など。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170830-118-OYT1T50106/list_CULTURE
    http://www.yomiuri.co.jp/culture/20170830-OYT1T50106.html

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    1. 知の旅への誘い (岩波新書) | 中村 雄二郎, 山口 昌男
      https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%AD%E6%9D%91%E9%9B%84%E4%BA%8C%E9%83%8E+%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E6%98%8C%E7%94%B7

      私にとってジェダイ・マスターのような方がまた一人、黄泉の国へ旅立たれた…

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    2. 792夜『共通感覚論』中村雄二郎|松岡正剛の千夜千冊
      http://1000ya.isis.ne.jp/0792.html

      《中村はずっと以前から、一冊の著作のなかでさえ自身の思索の変遷変化を粘り強く追跡するという、特異な記述方法を貫いてきた。
       ふつうは、自身の未熟や欠陥を自分で指摘しながらそれを埋め、補って、さらに前へ進んでいくなどという記述方法はとらないものである。多くの学者や思想家は、まるでそんなことはとっくに気がついていたと言わんばかりに、知ったかぶりをして書くものだ。
       けれども中村は、ごく初期のころから知ったかぶりを拒否しつづけてきた。そして、「気づき→訂正→拡充→飛躍→確認→新しい拠点の提示」という、いわばスパイラルに進んでいく記述の仕方を頑なに守ってきた。》

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    3. 中村雄二郎さん死去 91歳 哲学者、演劇論
      2017年8月31日5時0分

       演劇論などジャンルを超えた活躍で知られた哲学者で、明治大名誉教授の中村雄二郎(なかむら・ゆうじろう)さんが26日、老衰のため死去した。91歳だった。葬儀は近親者で済ませた。後日、しのぶ会を開く。

       東京生まれ。東大文学部哲学科卒業後、文化放送勤務などを経て明治大教授に。フランス哲学を専攻したが、その枠にとらわれることなく、「共通感覚」「臨床の知」といった独特な用語を使った思想を展開。近代合理主義のもとで軽視されがちな情念に注目した哲学を築いた。

       社会への幅広い関心から演劇論や宗教論などに取り組み、岩波書店の学術誌「へるめす」の編集同人を務めるなどして、学際的に活躍した。著書に「パスカルとその時代」「哲学の現在」「魔女ランダ考」「術語集」など。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170831-118-OYTPT50079

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    4. 追悼 中村雄二郎さん 土屋恵一郎
      2017年9月6日5時0分

      ◇苦痛の経験つむ人間への理解

       哲学者の中村雄二郎が8月26日未明に逝去した。91歳であった。大正14年(1925年)生まれで、三島由紀夫と同年の生まれであることを意識していた。この10年ほどは、病床にあって、表には出ていなかったので、その逝去は、三島の早世とは違って、静かに迎えられた。しかし、中村雄二郎の助手として教員生活を開始して、30年間にわたって傍そばにいた私にしてみれば、その死によって、確かに哲学の一つの歴史が閉じたように思える。

       中村の著作は多数あるが、代表作には1984年に出版されて異例の大ベストセラーになった岩波新書の『術語集』や『臨床の知とは何か』、『共通感覚論』(岩波現代文庫)があげられる。そこに共通する中村の思想は、様々な場所のうちで、苦痛や障害に出会いながら経験をつんで生きていく人間への理解と肯定であった。そうした人間はいわば演劇的な存在であり、理知だけでは理解することができないものである。それをパトス(受苦)的存在とも言ったが、強さや威勢の良い言葉だけが氾濫する今の日本にとって、中村の人間理解は、もう一度、人間の弱さへの癒いやしを中心にした社会へと、目を開かせてくれる。

       中村の著作は1970年代から80年代にかけて公刊されている。中村を中心にしたその時代の光景が浮かんでくる。演出家ピーター・ブルックの「桜の園」の演劇公演が映像化されたものを東京・新橋の小さなスタジオで見る会があった。そこには、英文学の高橋康也やすなり、由良君美、文化人類学の山口昌男、そして中村がいた。脱領域の知性が集まっていた。雑誌「へるめす」(岩波書店)同人には、大岡信、大江健三郎、武満徹、磯崎新、山口昌男、そして中村がいた。領域の違いを超えて、交流する世界があった。

       中村の著作は、まことにこの交流の光跡である。魚の研究者も心理学者も、演出家、音楽家やデザイナーもその交流のトポス(場)にいた。哲学者に弔いはいらない。哲学の生気はいまだその本の中にあるからだ。(明治大学長、法哲学者)
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20170905-118-OYTPT50343

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  58. [ほんの散策]村田諒太 心理学に学ぶ…編集委員 鵜飼哲夫
    2017年12月11日15時0分

     一つの勝敗が人生の明暗を分けるボクシングは過酷だ。打つためには相手に近寄らねばならず、寄れば倒される可能性は高まる。勝ちと負けは紙一重。だが、勝つためにはリスクを取る勇気が必要で、そのために腕を磨き、打たれ強い体をつくる。「あしたのジョー」「がんばれ元気」「リングにかけろ」「はじめの一歩」など漫画でボクサーを題材にした名作が多いのはそこに勝負の究極のドラマがあるからだろう。

     まさかの判定負けを喫した世界王座戦から5か月。村田諒太がミドル級王者のアッサン・エンダムとの再戦でTKO勝ちした試合の6日後の10月28日、NHKスペシャル「村田諒太 父子でつかんだ世界王座」が放送された。試合前のボクサーに密着した番組では、「闘う哲学者」と呼ばれる村田が、父から送られた哲学や心理学書を読み、重圧と闘う姿に魅せられた。

     もし負けたら「みんなが作ってくれた村田諒太のプロボクサー人生を自分で踏みにじってしまう」。そんなかつてない重圧から救ったのは、父から送られた『夜と霧』(みすず書房)だったという。ナチスの強制収容所で自らが味わった過酷な経験を精神科医のフランクルが描いた同書は、いつガス室に送られるかわからない、死と隣り合わせの状況での生きる意味を考えるロングセラーである。

     村田父子が注目したのは、苦しくても苦しみから逃げるのではなく、苦しむことそれ自体に意味があり、「苦しむことはなにかをなしとげること」というフランクルの言葉だった。

     番組では、村田がわが子の運動会での頑張りをうれしそうに見つめる姿を追いながら次第に苦悩と向き合い、苦しい練習に集中し、勝利するまでを描いた。

     村田が「好きで読みます」という哲学者の岸見一郎とフリーランスライターの古賀史健が対話形式でアドラー心理学を伝える『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)の書影も大きく映し出されていた。本書の題名は、他人から評価されるために行動しても自分に嘘うそをつくことになり、人生が苦しいだけ、むしろ他人から嫌われる勇気をもって行動しようと呼びかけることから来ている。このアドラー心理学の基本には、過去に縛られるな、という点もある。

     人は、自分が生きづらく幸福でない理由を過去の失敗や境遇のせいにしたがるが、過去は変えられなくても自分は変えられる。変えられないと思うのは、自分を変えて失敗することを恐れているだけという。ダウンまで奪いながら村田が、まさかの判定負けをした試合に愚痴ひとつ言わなかったのは、まさに終わったことにくよくよせず、もっと強い自分をつくろうというアドラー心理学の実践にも感じた。王者は身体だけではなく心も鍛えたのだ。

     番組をきっかけにアスリートの愛読書をつづけて読んだ。陸上の山県亮太が影響を受けた将棋棋士、森内俊之『覆す力』(小学館新書)は、「誰でも、どんなときでもミスはある」「“焦り”は、大悪手を呼び込む」とあった。

     ラグビーの五郎丸歩が大学時代に読み、感銘した本はアービンジャー・インスティチュート著『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(大和書房)である。自分がうまくいかないのを環境や人のせいにする人は、自分という小さな「箱」に閉じこもっているからだ。そういう人は、自己中心的で他人をモノとしてしか見ていないから、結局、人間関係はますます悪くなるだけであり、「箱」から出る必要を訴える。

     勝負に勝つには、まず自分の殻を破らねばならないのだ。とはいえ、自分に甘く、人に厳しくなりがちな自分を変えるのは大変だ。

     来年は戌年いぬどし。「犬も歩けば棒に当たる」という諺ことわざは、何かやろうとすると思わぬ災難にあうとの戒めだが、これは外に出て何かをやってみれば思わぬ幸運に出会うとのたとえでもある。自分の外に出て、リスクを取る覚悟は勝負でも人生でも必要なようである。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171211-118-OYTPT50011

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  59. [しあわせ小箱]そば打ちボクサー<1>元日本1位 今ぽっちゃり
    2017年12月11日15時0分

     学問の神様・菅原道真公をまつる亀戸天神社(東京都江東区)の正面にあるそば屋に入ると、拳を構えた眼光鋭いボクサーのチラシが目に飛び込んでくる。初めて訪れた客が「このボクサーは誰なの?」と問いかけると、柔和な笑みを浮かべながら、体重80キロを超える店主が答えた。「当時は58・9キロ。今は23キロオーバーですがね」

     元プロボクサーの西田裕ゆたかさん(45)は2009年12月、そば居酒屋「江戸そば料理帳 にし田」を開いた。開店当初は赤字続きだったが、今では常連客や神社への参拝客らで連日にぎわっている。

     売りはコシの強い十割そば。そば通の間で知られる「常陸秋そば」を自家製粉し、手のひらや麺棒でグイグイと生地を延ばす。ボクシングで鍛えた腕や腹筋、背筋と、引退後に増えた体重が、コシの強さを生み出している。

     今でこそ、少しぽっちゃりした丸顔のそば職人だが、店内にはズラリとトロフィーが並ぶ。17歳でプロテストに合格し、「東日本新人王」を獲得した。1996年には、ジュニアライト級(現・スーパーフェザー級)の日本ランキング1位まで上り詰めたこともある。

     その頃は、将来、自分がそば職人になるとは、夢にも思っていなかった。

    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171211-118-OYTPT50169

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    1. [しあわせ小箱]そば打ちボクサー<2>王者逃し 料理の道へ
      2017年12月12日15時0分

       1997年4月14日、後にそば職人となる元プロボクサーの西田裕ゆたかさん(45)は、東京・後楽園ホールで行われた日本王者との3度目のタイトルマッチに臨んだ。「負けたら引退」と決意していた。

       自身の14勝(3KO)6敗1分けの戦績に対し、王者は15戦全勝12KOで、世界戦も視野に入っているハードパンチャーだった。1ラウンド残り約30秒で、右のパンチをカウンター気味にあごにもらい、そのままあおむけに倒れた。

       高校1年生の時に世界ヘビー級王者のマイク・タイソンに憧れてボクシングジムに通い始めてから、ボクシング漬けの10年間だった。ボクシング以外にこれといって取りえのない25歳。この世界で生きていけるのは、世界王者経験者など一握りにすぎない。引退を決める前から、第二の人生についてはボンヤリと考えていた。

       強打ではなく、相手との距離を測って有効打を精密に積み重ねる技巧派ボクサーを目指して心血を注いできた。「職人気質の性格とコツコツ技を磨くねばり強さは、料理人に向いているのでは?」

       3度目のタイトルマッチで1ラウンドKO負けを喫した2か月後、ボクシンググラブを包丁に持ち替える決心をした。向かった先は、すし屋だった。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171212-118-OYTPT50313

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    2. [しあわせ小箱]そば打ちボクサー<3>板前修業中 そばに興味
      2017年12月13日15時0分

       プロボクサーを引退した2か月後の1997年6月、食の職人になろうと決意した西田裕ゆたかさん(45)のすしの板前修業が始まった。

       25歳という遅いスタートだけに待っていたのは、年下の先輩たち。接客の基本などを教わっているうちに、カウンターに立てないまま2年が過ぎた。焦りを感じながらも、持ち前の探求心と粘り強さで徐々に魚の扱いなどを身につけていった。

       修業を始めて5年が過ぎた頃、昼のまかないで今まで食べたこともない、おいしい日本そばが出た。聞くと、常連のサラリーマンが、自分で手打ちしたそばを店に差し入れてくれたものだという。

       そばと言えば、駅前の立ち食いが専門で、「素人でもこんなにおいしいそばが打てるのか」と衝撃だった。食の職人を目指すからには、板前という思い込みがあったが、急にそば職人への興味がわいてきた。ただ、何よりも途中で投げ出すことが嫌いな性格。まだ「握り」も満足に教わっていない。さらに4年、板前修業を続けた。

       計9年間の修業で腕には自信がつき、少しずつためてきた独立資金にもメドがついた。いよいよすし屋を開業かと思いきや、向かった先はそば屋だった。くすぶるそばへの思いが抑えられなくなっていた。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171213-118-OYTPT50304

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    3. [しあわせ小箱]そば打ちボクサー<4>技磨き上げ ついに開業
      2017年12月14日15時0分

       9年間の板前修業を終えた元プロボクサーの西田裕ゆたかさん(45)は、先輩に紹介してもらった千葉市内のそば屋で修業することになった。働き始めてすぐ、がくぜんとした。誰もそばを手打ちしていない。店舗の上の階にある機械でそばを打っていたのだ。

       経験もない30代半ばの男をツテもないのに雇ってくれるそば屋はなかなかない。悩んだ末、そば屋で修業しながら一般向けの「そば打ち教室」に通うことにした。

       主婦やサラリーマンと一緒にそば打ちの練習をしていた時、講師から仕事を聞かれた。そば屋で修業中だと答えると、「どうしてここにいるの?」と驚かれ、恥ずかしい思いをした。

       それでも、教室で基本を教わった後は、店の休憩時間を使って、来る日も来る日も生地を練った。ひたすら同じことを繰り返す毎日は、どこかボクシングの練習に通じていた。店に来た客に出すことはないそばだけど、しっかりとした手応えを感じていた。

       板前9年、そば打ち2年で、修業期間はボクサーだった10年を上回った。ついに2009年12月、東京都江東区にある亀戸天神社の正面に「江戸そば料理帳 にし田」を開いた。腕には自信がある。参拝客の来店も期待できる。繁盛間違いなしのはずだった。
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171214-118-OYTPT50362

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    4. [しあわせ小箱]そば打ちボクサー<5>打ちのめされながら成長
      2017年12月15日15時0分

       12月上旬の昼下がり、亀戸天神社(東京都江東区)正面の「江戸そば料理帳 にし田」は多くの客でにぎわっていた。ただ、8年前の開店時は赤字続きだった。

       「そばが硬い」「つゆがしょっぱい」。元プロボクサーの店主、西田裕ゆたかさん(45)は厳しい客の声に、そば打ち、ゆで方、全てが未熟だと思い知らされた。プライドを捨てて、客にも他店の店主にも教えを請うた。

       その中には、板前修業中、自作の手打ちそばを差し入れてくれたサラリーマンもいる。そば職人になるきっかけをくれた男性は、脱サラしてそば屋を営み、繁盛させていた。

       次第に常連客も増え、毎週来てくれる夫婦には「腕を上げたね。そばを食べに長野まで行っていたけど、ここで足りるね」と勇気づけられた。「ボクシングでは日本一を逃したけど、一人でも多くの人に、日本一のそばと言ってもらいたい」。年の瀬はそば屋にとって勝負の時だ。今年は過去最高の400食以上の年越しそばを打つ予定だ。(了)

       文・黒羽泰典
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171215-118-OYTPT50334

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  60. [想う 2017]タイの作家 プラープダー・ユンさん 44…僕の心に日本が宿る
    2017年12月21日5時0分

     タイ現代文学のカリスマ作家で、近年は映画監督デビューも果たしたプラープダー・ユンさんは、エッセー集「座右の日本」の著作もある知日派だ。先の東京国際映画祭にアジアの新鋭監督として招待されて来日した折に、日本への想おもいや軍事政権下のタイ王国についての想いを語ってもらった。(編集委員 鶴原徹也)

    伝統と現代 併存が魅力
    タイの問題は「依存」
    「アジアの世紀」疑問

    ■漫画と禅

     僕の世代のタイ人の多くは日本の漫画をタイ語訳で読み、日本のアニメをテレビで見て育った。男子なら、「ドラえもん」「ドラゴンボール」「キャプテン翼」「コブラ」の順か。親の世代は偏見からか、日本の漫画は子供に悪影響を与えると決めつけ、米国の上品なディズニー作品を推奨した。僕らは親に隠れて漫画にふけり、友情や根性、女の子のことなど、実に色んなことを知った。

     高校と大学は米国で芸術を学び、日本に再会する。1990年代のニューヨークの若者らは米国流に代わる文化を求め、同時代の日本に飛びついた。音楽はピチカート・ファイヴやコーネリアスなどの渋谷系、映画は北野武さん、絵画は村上隆さん、食は和。日本マニアと呼べる現象だった。

     〈渋谷系は90年代、東京・渋谷の英国系レコード店を主な発信源とする、都会的で斬新な日本のポピュラー音楽を指す〉

     僕は頭でっかちで気難しく、激しやすく、時に自分を見失った。禅はニューヨークの知識層で流行はやりの話題だった。僕は座禅を組み、内省を重ね、肩の力を抜く術すべを会得していく。意味深で特殊な経験ばかりを人生で求めなくてもよいと悟り、気が楽になった。98年に帰国して作家になるが、初期の短編小説は禅の公案を意識して書いた。僕の心に日本が宿り、創作で霊感を与えてくれる。

     日本はポップな現代文化と深遠な伝統文化が同時にある。明治維新を経てアジアでいち早く近代化したが、成功の理由の一つは伝統文化にある。欧米は19世紀後半、浮世絵などの日本文化に目を開き、その洗練を称賛した。伝統文化は日本の身分証明とも言え、日本に国際的信用を与え、近代化を利したに違いない。

     人類にとって近代化の意義は二つ。一つはヒトと自然について科学的な理解を深めたこと。生活の質は向上し、ヒトの寿命は延びた。もう一つは統治で因習を打破したこと。民主主義、資本主義が発展した。

     アジアで韓国と台湾も近代化した。ただ、日本はより裕福で、科学技術で勝る。アジアで最もうまく作られた国だ。

    ■タイと前近代

     タイは因習を打破できていない。王政主義者は今なお多い。21世紀初頭に民主政府が専横に傾くと、旧来の支配層はタイで民主主義は機能しないと断じて、軍による専制の復活を支持した。独裁であっても国家が安泰ならば構わないという、僕には奇妙な理屈だ。

     〈タイは2001年、通信王タクシン氏が首相に就き、ばらまき政策で大衆の支持を固め、独断専行する。既得権を脅かされた旧来の支配層の不満を背に軍が06年、クーデターでタクシン氏を排除。だが、民政復帰選挙を含めて選挙の度にタクシン派が勝利するため、軍は14年、再びクーデターを強行し、タクシン派の壊滅に注力する〉

     この世に完璧なものはなく、民主主義も完璧ではないが、他の政治制度に比べて公平だ。人権尊重は正しい理念だ。指導者が誤れば、国民は選挙でかえられる。一方、独裁政権は民意を顧みず、居座り続ける。タイの軍事政権は今、18年11月に民政復帰選挙を行うと言うが、心変わりするかもしれない。既に何度も民政復帰を先送りしてきた。

     タイが近代化を果たせないのは、タイ人の依存心が原因ではないか。伝統的に上意下達の社会だ。階層の上位にある者が常に物事を決め、大衆はそれを安心のよりどころにしてきた。「私の主人は私」と考えたことさえないだろう。階層の最上位にある国王をタイ人は「父」とあがめ、頼りにしてきた。前近代的な心性だ。

     タクシン政権時代も民主主義が実践されたとは言えない。タクシン氏は独自の上意下達システムを築き、自身の権益網を広げた。大衆は新たな庇護ひご者を歓迎したが、国王を頂く旧来支配層はタクシン氏を恐れ、その伸長を許さなかった。それが政変の真相だ。

     タイの近代化は難しい。民主主義の理念に忠実でありつつ、旧来の支配層と折り合うことのできる、強靱きょうじんな意志を持つ、新たな指導者の出現が不可欠だ。

    ■米国とアジア

     米国で青春を生きた僕には、奇矯な言動のトランプ氏の大統領就任は驚きだった。ただ、米国が過酷な現実に目覚めた結果だとは思う。ニューヨーク、ワシントン、サンフランシスコだけが米国ではない。深刻な問題にあえぐ州は多く、経済格差は拡大し、社会は二極化した。トランプ氏の出現に呼応して、経済成長に取り残された、怒れる白人大衆が現状打破を叫ぶまで、エリート層は事態の深刻さに気づかなかった。

     だが、当のトランプ氏は社会正義や公平の実現に無頓着に見える。そして、国際協調から「米国第一」路線へと転じ、国際的関与を後退させている。

     僕は言葉を扱う作家として、英語が最大の国際語である限り、米国は世界最強の影響力を持ち続けると考える。ソフトパワーは維持されよう。

     逆に、中国語が最大の国際語になるとは想像し難い。中国が米国の座を奪う可能性はまずない。それに、共産党体制の行方は予測できない。もろさがある。

     グローバル化により、消費の観点で、21世紀のアジアの国々は「一つになった」とは言わないが、極めて接近した。バンコクは日本製品にあふれ、東京に似てきた。韓国のポップスやライトノベルは大人気だ。

     では、「アジアの世紀」かと言うと、話は別だ。アジアの国々は自らの伝統や文化に誇りを持つが、西洋を相手にすると途端に、自らの「後進性」を恥じる傾向が今でも続く。アジアの人々はアジアを離れると、西洋人のように振る舞おうとする。中国、インドが国際舞台で抜きんでた指導力を発揮することはあるまい。

     日本は経済と伝統のためにタイで最も尊敬される国だ。中国は粗野、日本は洗練――とタイ人には映る。

     今、中国の軍事大国化と北朝鮮の核ミサイル計画を前に、日本が戦争に備えだしたとの見方が出ている。事実なら、心配だ。

    「恋人」が「親友」に

     私がバンコクに駐在していた10年前、プラープダーさんは多彩なアート活動とその端正な風貌ふうぼうから、タイの若者のスター的な存在だった。話を聞くと、「日本は僕の恋人」と語った。

     今回、東京で再会し、禅に加え、茶道に本格的に取り組んだことを知った。「日本は恋人のまま?」との問いにほほ笑む。「さすがに胸はドキドキしなくなった。今は親友かな」(鶴)

          ◇

     Prabda Yoon(英語表記) タイの作家、グラフィックデザイナー、映画監督。米クーパーユニオン大卒。2002年に短編小説「存在のあり得た可能性」で東南アジア文学賞をとり、タイ文学の旗手に。作風はポストモダンと評される。和訳に短編小説集「鏡の中を数える」や長編小説「パンダ」など。映画は、浅野忠信さん主演作「地球で最後のふたり」(ペンエーグ・ラッタナルアーン監督)の脚本を手がけ、「Motel Mist」「現れた男」の2作を監督。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171220-118-OYTPT50505

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  61. 英の動物行動科学者 グドール博士に賞…チンパンジーもキスや戦争
    2017年12月28日15時0分

     野生チンパンジーの生態を解明した英国の動物行動科学者ジェーン・グドールさん(83)が、2017年コスモス国際賞(主催・公益財団法人国際花と緑の博覧会記念協会)を受賞した。11月に都内で開かれた記者会見で、半世紀に及ぶ研究人生を振り返った。(伊藤崇)

     アリ塚に草の茎を差し込み、シロアリをつり上げて食べる――。チンパンジーが道具を使うことを1960年に発見し、世界中の反響を呼んだ。「チンパンジーが私の前でやってくれたおかげ。(私を)受け入れてくれるまで待ち、観察し、報告しただけです」

     10歳の時、ターザンの本に夢中になった。大学には進学しなかったが動物への興味は尽きず、友人を頼ってケニアへ渡った。そこで人類学の権威ルイス・リーキー博士と出会った。

     博士の勧めで、現在のタンザニアで60年に野生チンパンジーの研究を始めた。「進化の隣人」と称されるチンパンジーは、道具を作るだけでなく、強い家族の絆で結ばれていた。

     「一番驚いたのは、キスやハグをしたり、肩をたたいたりすること。ショックを受けたのは、仲間同士で殺し合う戦争のような行為を行うこと」。どちらも人間と共通していた。

     最初の頃、野生のチンパンジーに名前を付けて個性があることを報告すると、研究者から「チンパンジーに感情や個性はない」と批判された。心の支えになったのは、自分を信じた母親だ。「チンパンジーもよくサポートする母親に育てられると、いい子に育つ。人間にも参考になる」

     かつて100万~200万頭いたチンパンジーは、森林の減少に伴い推定約25万頭まで減った。「保護には、現地の人を貧困から救うことも必要」と、94年に住民の生活改善プログラムを始めた。1年のうち約300日は世界を飛び回る。

     「不幸なことは、最も知能が発展した人間が地球を破壊していること。人間は発達し過ぎた脳と、心が切り離された気がする」。91年に始めた若者向けの環境教育運動は世界約100か国に広がる。「人間の考え方を変えることを、若い人たちに期待したい」

     ◆ジェーン・グドール 1934年、ロンドン生まれ。66年、英ケンブリッジ大学で博士号取得。90年に京都賞、2002年に「人類学のノーベル賞」と称されるハクスリー賞を受賞。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20171228-118-OYTPT50156

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    1. 「ローレンツ 動物行動学」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%84+%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%AD%A6

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    2. 「デズモンド・モリス 動物行動学」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%87%E3%82%BA%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B9+%E5%8B%95%E7%89%A9%E8%A1%8C%E5%8B%95%E5%AD%A6

      「裸のサル―動物学的人間像」
      https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%87%E3%82%BA%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%82%B9+%E8%A3%B8%E3%81%AE%E3%82%B5%E3%83%AB

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  62. 図記号で洗剤の使用法表示
    2018年2月13日5時0分

     日本石●(けん)洗剤工業会(東京)が、家庭用の洗剤類の適切な使用法などを示した図記号を制定した。製品への表示が順次始まっている。

     図記号は、誤った使い方や誤飲による事故を防止する目的で計10種類作られた。これまでも文字での注意書きや、一部製品で図記号での注意喚起がなされていたが、より分かりやすく伝えるため、統一的なデザインを開発した。

     「子どもの手が届くところに置かない」=写真《1》=、「他の容器に移し替えない」=同《2》=など「禁止」を示す赤色のもの5種類と、「必ず換気する」=同《3》=、「使用後は手を水で洗う」=同《4》=など「指示」を示す青色のもの5種類で構成される。

     運用は今年から始まっているが、どの図記号を表示するかは各社の判断に任されている。同工業会のホームページ(http://www.jsda.org/)やパンフレットで周知を進めており、「正しく安全に使うため、表示された図記号を確認してほしい」と担当者は話している。

    ●は鹵に、険からこざと除く
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180212-118-OYTPT50224

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  63. [本よみうり堂]真実について ハリー・G・フランクファート著
    2018年9月2日5時0分

      評・苅部 直(政治学者 東京大教授)

     アメリカの高名な哲学者である著者、フランクファートは、二〇〇五年に著書『ウンコな議論』で、内容の真偽に関心がない「おためごかし」の論法を徹底的に批判した。しかし、なぜ真実(真理)を大事にしなくてはいけないのか。それが本書の課題である。

     世界に関する情報が不正確なら、さまざまな目標をこなして生きるのは難しくなるし、真実を語らない相手とは親密な関係を築けない。そして真実への敬意は、人間のあり方そのものと結びつく。不透明な現実と対峙たいじし、情報が正しいか否かの判断を続けることで、自分自身の存在を初めて確認できるから。

     原書の刊行時、この議論は、真理の相対性を説くポストモダニズムに対する批判を意図していた。しかしそれから十二年たった現在、政治の世界では、真実かどうかの判断を公然と無視するような「ポスト真実」や「代替事実」の主張が横行している。

     これに対して、一つ一つの嘘うそを丹念に暴き、反論する営みの重要さ。純粋な道徳哲学の理論書であるが、そこに含まれた実践上の意味は、いまやとても大きい。山形浩生訳。(亜紀書房、1400円)
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180901-118-OYTPT50396

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    1. [記者が選ぶ]9月2日
      2018年9月2日5時0分

        何ものにも縛られないための政治学 栗原康著

       アナキズム研究者が繰り出す最新刊。型破りだがひきつけられる、不思議な魅力を放つ書籍だ。

       国家や憲法、議会選挙に所有権。当たり前と思っているものを「そんなのはいらない」と宣言する。権力は結局、人間を束縛するではないか。革命時に支配権力がない状態でも、人々はきちんと生きているではないか。一見すると青臭いだけの主張を、グルーブ感あふれる文体で、とりつかれたようにたたみかける。

       著者は、革命では新たな支配が生まれるだけだと喝破し、「戦闘的退却主義」を唱える。権力と正面衝突するのではなく、非対称なたたかい方をしたり、トンズラしたりする。「支配や権力にとらわれない生き方をしよう」との呼びかけには、多くの人を立ち止まらせる力を感じる。(KADOKAWA、1800円)(佑)

        知っておきたいこれからの情報・技術・金融 松田純一著

       日本企業の9割強を占める中小企業は、後継者難や人手不足に直面する一方で、働き方改革への対応や生産性の向上など難しい課題に直面している。

       こうした状況下で、経営者はどう対処すべきか。ビジネス法務が専門のベテラン弁護士である著者が提唱するのは、人工知能(AI)や、モノがインターネットにつながるIoTなどの技術革新を積極的に活用したIT(情報技術)経営への転換だ。

       本書は、AIの専門家らへのインタビューを織り交ぜながら、最先端の技術や用語を分かりやすく解説している。さらに、IT投資を実践する際に必要なポイントや留意点を章ごとに整理した。中小企業の経営者が自社の規模や特性に合わせた経営改革を行うためのヒントが網羅されている。(安曇出版、1600円)(徹)
      http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180901-118-OYTPT50387

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  64. [ひらづみ!]人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている ふろむだ
    2018年9月10日15時0分

    錯覚させた者が勝つ?

    ◇4刷、8万部 ダイヤモンド社、1500円

     例えば、活躍しているスポーツ選手にイケメンや美人が多いのはなぜか。スポーツに顔は関係ないはずなのに。芸術家や作家、政治家なども同様で、雑誌やテレビに取り上げられる成功者は容姿がいいことが多い。

     容姿だけではない。学歴、職歴、肩書、家柄、たまたまの成功などが人を見る目を歪ゆがめ、能力を実際よりも大きく錯覚させる。著者によれば、それらの「錯覚資産」を持つ人はよりよい環境や成長への機会を与えられ、やがては実力でも「錯覚資産」のない人をはるかに上回ってしまうというのである。

     著者は大学で心理学を学び、その後社会経験を積みながら勉強を続けてきたという。本書では心理学の研究論文も引用しているものの、内容を単純化。厳密な理論ではないが、読者の実感に沿った内容になっている。実際、誰でも「錯覚資産」を利用して成功している知り合いや同僚に心当たりがあるはずだ。

     著者は世の中にはびこる様々な錯覚を紹介。心理学実験によれば、過去の記憶さえ簡単に書き替わることがわかっている。著者によれば、現実世界は「思考の錯覚の泥沼の中で、錯覚資産という卑怯な武器で殴り合う、油断のならないジャングル」だ。その中で生きていく以上、「錯覚資産」を増やし、利用するしかないと、様々な方法を紹介している。

     その中には「一貫して偏ったストーリー」を語れというのもある。現実は常に複雑だが、人は「シンプルでわかりやすいこと」しか理解できないからだという。極論やフェイクニュースがはびこる現代の風潮を助長するような結論になっているのは、著者の立場から理解できなくもないとはいえ、何とも残念だ。(文芸評論家、友田健太郎)

     ◆ふろむだ 多様な業務経験を生かした仕事論などの記事で人気だったブログの著者。実生活では複数の企業を創業し、うち1社は上場を果たす。
    http://premium.yomiuri.co.jp/pc/#!/news_20180910-118-OYTPT50009

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    1. この世はとかく錯覚と幻惑にまみれている…

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